28 悪女は鬼を描く
紙の中で寄り添うのは、おかしな服を着た男女。
全身黄緑のハイネック女は、虎柄をあしらったスカートに、角みたいに高く結い上げた髪。
全身黒のハイネック男は、虎柄の襟に、虎柄のベルトに、人参? の角。
そしてどちらも、赤い……オニらしき飾りを、ネックレスと、ベルトのバックルとして身に着けている。
「こちらは奥様が描かれたものです。何とも奇抜なデザインでございましょう?」
冷徹はその絵を食い入るように見つめた後、黒い男をトンと指差した。
「これ、俺か?」
「……そのようですね」
「で、こっちの黄緑はアイツか?」
「……でしょうね」
「もしかして、お揃いってことか?」
「…………そのようですね」
冷たい霧が一気に晴れ、ピンク色の光が差し込む。冷徹は椅子を倒す勢いで立ち上がると、スケッチブックを天に掲げ、くっきりと口角を上げた。
「見ろ! 真ん中にハートがあるぞ♡」
「はい」
「腕まで組んでるぞ♡」
「はい」
「なあんだ、本当に白が嫌なだけだったのか♡」
「…………」
何度も角度を変えてはニヤニヤと眺めた後、冷徹はコホンと咳払いし、真面目な顔で侍女長に向かう。
「斬新で素晴らしいデザインだ。よし、この絵を元にドレスと礼服を作れ」
「……よろしいのですか? デザインはまあアレンジするとして、虎の毛皮は大変高価ですが。イミテーションに致しましょうか?」
「いや、本物で作れ。結婚式も挙げていないのだから、奮発して構わない。そうだな……この赤オニの飾りも宝石で作らせろ。……レッドダイヤ。あれを使え」
侍女長の顔色がサッと変わる。
「いけません! あれは戦の褒美として、陛下から賜ったものではありませんか。どれだけ貴重な物だと……」
「嫌いなんだよ、あれ」
昏い声で呟く冷徹。一瞬で陰る青い目を見て、侍女長は口をつぐむ。
「あれを見ると、父上の最期を思い出す。何年経っても消えない……ドロドロした醜い塊を、砕いて、削って、美しいオニに変えられたら。それをこんな風に夫婦で身に着けられたら、なかなか悪くないと思わないか?」
「……はい」
再びスケッチブックに視線を落とす冷徹。歪な絵を柔らかくなぞる主の表情に、侍女長はすんと鼻水を啜る。
それでも溢れるものをこっそりハンカチで拭っていると、思わぬ指摘が飛んできた。
「ドレスの胸元はもっと華やかにしとけ。アイツはこんなに豊かじゃない」
「……そうですね。レースやフリルで目一杯盛るよう、仕立て屋に伝えます」
◇◇◇
「ええと……うーんと……あっ! ジャフェブヒジョッハ侯爵!」
「ブーッ、ジョフェズビブァッファ公爵です! ジャフェブヒジョッハ侯爵はこちらでした」
「もう~何でこんなに名前が似てるのよ! 顔も髪型もそっくりだし!」
「ご兄弟ですからね。見分けるポイントは、もう何度もお伝えしたはずですよ? ジョフェズビブァッファ公爵の髪は右分け、ジャフェブヒジョッハ侯爵は左分け」
「分け目を変えちゃったらアウトじゃない」
「その場合は睫毛の生え方で判断するのです。これももう何度もお伝えしました」
「無理……もう無理。菊地と菊池を聞き分けるようなものじゃない。カレイとヒラメを見分けるようなものじゃない」
「キク……よく分かりませんが、とにかく完璧に覚えてください。失礼があってはいけませんからね」
私はトホホとテーブルに突っ伏す。
勉強が苦手で高校を中退したのに、異世界に来てまで勉強しなきゃいけないなんてさ……
小説のメイリーンは賢くて、何でもすぐに覚えたはずなのに。今はきっと、サツキが強すぎるんだわ。
サツキ、引っ込め! メイリーン、出てこい! と頭を殴っていると、クニコが妖しい声で囁いた。
「奥様……この後は、お待ちかねのダンスレッスンですよ」
「…………ダンス!!」