27 悪女は白衣なんか着たくない
侍女長は今度こそ本当に呆れ顔をする。
はあと溜め息を吐くと、幼い坊っちゃまを諭すような口調で言った。
「当たり前でございましょう。ご夫婦同伴が必須なのですから」
「夫婦……そうか、そういえばアイツは妻だったな」
微かに上がる主の口角に、侍女長はやれやれと首を振る。それ以上はつっこまずに、一冊のノートを差し出した。
「こちらをご覧ください」
パラリと開いたそこには、騎士団長夫人のマナー教育の進捗具合が記されている。
どれどれと前のめりで目を通していた冷徹だが、しばらくすると呆けたように呟いた。
「酷いな」
「はい。貴族のご令嬢であれば身に付いていらっしゃるはずのマナーを、一からお教えしている状況です。付け焼き刃のカーテシーなどを見る限り……やはり、ご実家で苦労されたのは間違いないかと」
「……そうか」
「大変申し上げにくいのですが、物覚えも悪……あまりよろしくなく、王族方のお顔とお名前を一致させるのに、相当苦労されています。特に悲惨なのがダンスで……ボンオドリ? なら踊れるということで拝見致しましたが、初めて見るステップでしたので、正直良し悪しは分かりませんでした。私がお相手するのもそろそろ限界ですので、ダンス講師を手配したいのですが」
「ああ。ダンス講師でも家庭教師でも、とにかく何でも付けて、本番までに形にしろ」
「かしこまりました。講師の選定は」
「全てお前に任せる。アイツが暴走しても、抑え込めそうなヤツを選べ」
「承知致しました。それと、奥様のドレスのことなのですが……」
侍女長はスケッチブックを捲り、とあるデザイン画を冷徹へ見せる。
「そちらは最初に仕立て屋が描いたもので、東国発祥の流行の型らしいのですが……奥様が強い拒絶反応を示された為に、ボツになりました。デザインはさておき、新婚夫婦らしくご主人様と白で揃えられてはと提案したところ、『白衣は怖いんだってば』とぶるぶる震えてしまわれました」
白衣……
冷徹は顎に手を当て、首を大きく傾げる。
この国では白は神聖な色とされており、公式行事で白衣を着用出来る者は限られている。王族、生後一年以内の赤子、デビュタントとそのパートナー、結婚してから一年以内の新婚夫婦、それと聖職者のみだ。
一生で数回しか着られない白の正装。花嫁は特に憧れるものだというのに一体何故……と考え、冷徹はモヤリとする。
そうだ、アイツは望んで結婚した訳じゃない。
『犠牲になどなっていない、嫁いでから毎日が楽しい』とは言っていたが、それは単に、実家から解放されてゴロゴロ出来るからであって。
本当は白衣が怖いのではなく、白衣を着たくないだけではないか。つまりは公の場で、冷徹の花嫁だということを印象付けたくないだけではないだろうか。
勝手な想像に、冷徹の胸はピキピキと凍りつく。
……別に。それならそれで構わない。
こちらも王命で渋々結婚しただけなのだから、お互い様だ。そうだな……最低三年後といったところか。離婚しても礼儀を欠かない時期が来たら、自由にしてやろう。そうすれば酒代も食費の心配もなくなるし、オニに怯えることのない、穏やかな日常を戻り戻せる。
あ、いっそ牧場にでも送ってやろうか。アイツは干し草があればどこでも……
「……さま、ご主人様」
冷たい霧を、現実の声が切り裂く。
我に返った冷徹の前には、さっきのデザイン画とは異なる、奇妙な絵が広げられていた。
「…………なんだこりゃ」