【おまけ】 ナガクニコは見た
「ナガディア、どうしたの? そんな所に立って。中に入らないの?」
「いえ……その……」
「ご主人様、お部屋にいらっしゃるのでしょう? ご入浴の準備が整ったとお伝えしてちょうだい」
「いえ、それが、ご主人様は奥様と……中に入っていいものかどうか」
「え?
|•ω•。)"
…………あらやだ、あらあらあらあら♡」
「起こして差し上げた方がよろしいでしょうか?」
「いいわ、あのままで。そっとしておいて差し上げましょう。……ふふっ♡」
「オニ祓いの儀式で、余程お疲れになったのですね」
「いえいえ、あのくらい、ご主人様にとってはなんてこと! 戦地から直接馬を走らせてお帰りになった日にも、休まれずお仕事をされた方よ? しかも人一倍綺麗好きで神経質なのに、汗をかいたまま誰かの隣で休まれるなんて……ふふ♡」
「……祓えたのでしょうか。それとも取り憑かれたか」
「え?」
「いえ……ただ、このお屋敷が平和であってくれたらと。それだけです。貧しい平民の私を、これほど厚遇してくださる所など、他にありませんから」
「そうね……そう思うわ。私だって、ここ以外にもう行く所なんてないもの。でもね、今のご主人様を見ていると、何が平和なのか分からなくなるわ。確かに奥様が嫁いでいらしてから、このお屋敷の秩序は乱れに乱れてしまったけれど。ご主人様は、今の方がずっと人間らしいと感じるの」
「人間らしい……怒ったり困ったり苛々したり焦ったり不貞腐れたり怒鳴ったりすることがですか?」
「ええ。どれも貴重な感情表現だわ。前は凍ってから何万年も経った氷みたいにカチコチだったでしょう? その内もっと色々な表情を見せてくれるはずよ」
「……感情を持つことが、幸せに繋がるのでしょうか。時に煩わしいとさえ感じる私には、よく分かりません」
「そうね、私にも分からないわ。……正直ね、ご主人様が結婚されて、このお屋敷が変わってしまうのが嫌だったの。嫁いでくる方が悪女ではなく、たとえ素晴らしいと評判の聖女だったとしても。私は離れへ案内していたと思うわ。嫌というより……何かが変化することで、感情を揺さぶられるのが怖かったのね、きっと。私もカチコチの氷だったのよ」
「侍女長様……」
「でも、今は違うわ。悪女だろうがオニ? だろうが、このお屋敷を、ご主人様を変えて欲しいと思ってる。だって毎日、今日は何が起こるんだろうって、わくわくしているんだから」
「わくわく、ですか」
「ええ。今日もこんなに楽しいことが起きたでしょう? おかしな格好をしたご主人様に、豆をぶつけてもいいなんて。下半身が特に難しかったけど、作った甲斐があったわ……ブフッ」
「そう……ですね。人参も大変お似合いで……プッ」
「思えば、あの時からわくわくしていたんだわ。あんなに臭くて汚ならしい奥様を担がれた上に、ご自分の浴室や石鹸を躊躇いなく使わせたあの時から。……ご主人様もね、いつかきっと気付くと思うわ」




