3 悪女は料理なんかしたくない
そういえば、昨日の昼から何も食べていないことに気付く。元々実家ではまともな食事をもらえなかったから、空腹には慣れてるんだけど。サツキの記憶が甦ったせいか、腹の虫がぐるぐる暴れ出す。
ええと、確か小説では……
「シェフが体調を崩している為、食事の支度はご自分でお願い致します」
やっぱりね。
物語から大きく外れること(野宿)をしたのに、侍女長の言葉は小説そのままだ。
ここは威厳を示す為、『シェフの代わりにあなた達がこしらえなさい』と命じた方がいいのだろうけど。自分が言われて嫌だったことは、人にも言いたくない。食事作りの強要なんて、真っ平御免だ。
「こちらが食料庫、あちらが厨房になります。誰も居りませんので、どうぞご自由に」
冷たい顔でそう言うと、私を一人残し、何の迷いもなく廊下の奥へ消えていく。
確か小説では、メイリーンがさくさく料理をして、使用人達にも振る舞うんだっけ。で、胃袋を掴まれた何人かが、呆気なくメイリーンの味方になって……
いや、味方要らん。
料理なんかするくらいなら、ぼっちの悪女で結構。
なにせ厨房って聞くだけで鳥肌が立つくらいなんだから。寸胴鍋とか中華鍋なんて見た日には、絶対失神する。
……かといって、餓死はごめんだ。
ゾワゾワする腕を擦り、火を通さなくても食べられる物を探そうと、食料庫に入る。
ざっと見回した感じ……ありがたいことに、ここにあるのは保存の効く食品だけらしい。適当な布を見つけ広げると、そこに手当たり次第お宝を置いていく。
ええと……林檎にオレンジにバナナ。お外暮らしにはビタミンが欠かせないわよね。お、日持ちするライ麦パンもある。干し肉もチーズも塊で頂いちゃおう。
あとは……ふふっ、これこれ♪
赤と白の高級そうなのを一本ずつ手に取る。後はオープナーに、試飲用? のグラスに、ナイフとカッティングボード。これだけあれば厨房に入らなくて済むわと、全部まとめて包み、よいしょと担ぐ。
お……重っ。ちょっと欲張りすぎたかな。
どうぞご自由にって言ってたから、別にいいわよね?
最後まで迷ったピクルスの瓶もどうにかして持つと、食料庫を後にした。
さあっ、青空の下で宴会だ!
切っただけのご馳走を広げ、柔らかい芝生の上に腰を下ろす。……面倒だから、本当は塊のまま噛りたかったくらいだけど。サツキと違ってメイリーンは顎が繊細そうだしね。仕方ない。
白い方をなみなみと注ぐと、バードバスの女神像に向かいグラスを掲げる。
「自由に乾杯!」
ごきゅっごきゅっごきゅっ……ごくん。
…………うまあ。最っっっ高!!
朝から飲酒なんて、貴族か王様みたい!
前世の旦那は、ベロベロに酔っては愚痴ってさ。自分ばっか発散して、ほんといいご身分よね。
よし、今日はとことん飲んでやる! メイリーンの肝臓、サツキについておいで!
────二時間後。
「……ったく、ぬああにが『肩身の狭い思いして同居してる』よ! 肩身が狭いのはこっちだっつぅの!」
小姑の顔をペチペチと叩きながら、愉快にグラスを呷る。
……あれ、空っぽだ。赤いのも白いのも、覗けど傾けれどもう一滴も出て来ない。
ふわあ……なんか眠くなっちゃったな。ベンチも芝生も悪くないけど、このままふかふかのお布団に飛び込めたら最高なのに。布団……ベッド……そうだ、ハイジのベッド!
「ヨ~レヨ~レヨッヒヒ~ヤヨッヒヒ~ヤホ~♪」
空のグラスと瓶をその辺に放ると、私は馬小屋らしき屋根を目指し、ふわふわと歩き出した。