23 悪女は豆を投げる
う……うわあああぁ……
おみおつけを飲んだその翌日、突如目の前に現れた鬼に、私は言葉を失う。
色っぽい喉仏が主張する首には、長い革紐に獣の牙を通したネックレスが掛けられ、厚い胸板に凶悪さを醸し出す。見事に割れた腹筋から腰へと目線を移せば、黄色に黒の虎柄のパンツ……ではなく、リアルな虎の毛皮が巻かれている。その下から伸びる二本の長い足は、ピタッとした黒い股引……ではなくトラウザーズに包まれており、男らしい骨張った素足の甲を引き立てる。
再び上へと目線を戻せば、トゲトゲの金棒……ではなく、いつも腰に差しているのとは違う巨大な剣が、大きな手に軽々と握られている。
更に見上げれば、広い肩幅を絶妙なバランスで引き立てる小顔。そこには綺麗なパーツが寸分の狂いもなく配置されており、これでもかと凛々しい輝きを放っている。
特に魅力的なのが、その青い瞳だ。中心に向かうにつれ、どんどん濃く深くなる不思議な色味は、ずっと見ていると引きずり込まれそうになる。慌てて天辺へと目を逸らせば、鬼にピッタリの緩やかなウェーブの黒髪から、人参でこしらえられた二本の角が生えていた。
惜しいなあ。あれが動物の角だったらと思うけど、急ごしらえの衣装にしてはかなりのクオリティではないだろうか。
……うん、それは彼自身が芸術作品だからだ。上半身は素肌丸出しなのに、全然いやらしさがないどころか気品に溢れているなんて。
完璧な青鬼……いえ、黒鬼?
「どうだ。素晴らしすぎて声も出ないだろう」
小憎らしいドヤ顔につられ歪む唇。そこから漏れる声がやたらと魅惑的で、ドキリと心臓が跳ねる。
生きてる……
彼は、この美しい人は生きている。
漠然と綺麗だと思っていた人は、CGでも創り物でもなく、生きた人間であることに初めて気付いた。
「うん……素敵、綺麗、すっごくカッコいい!!」
素直に溢れる言葉に、悪魔……ではなく鬼は、顔を真っ赤にする。
やっぱり黒じゃなくて赤鬼かな。ま、何でもいいか。
鬼は手でパパパと顔を扇ぐと、腕を伸ばし、巨大な剣(鞘付き)を私に向けて言う。
「さあ、ガキ。お前とは段違いのこの素晴らしいオニに、思う存分豆を投げてみろ。投げて投げて、己のオニを祓え!」
己の鬼?
ちょっと何言ってるか分からないけど、カッコいいからいいや。
シェフやナガクニコ以外の使用人達も集め、升代わりの四角い箱を配る。各々、煎り大豆の中に、ざくりと手を入れ構えた。
こちらを睨んだまま、じりじりと距離を取る鬼。
兵が吹くほら貝を合図に、異世界の節分大会は幕を開けた。
────かれこれ二十分以上が経つ。
が、全然鬼に豆が当たらない。こんなに大勢で投げているのに……
てか足速すぎ。あんな重たそうな剣を持っているくせに。さすが王国騎士団長、見た目だけじゃなく、身体能力も鬼並みだわ。
「「「オニワーソト! フクワーウチ!」」」
私が教えた掛け声を叫びながら、皆、懸命に鬼を追う。さすがの鬼もやっと疲れてくれたのか、徐々に距離が詰まってきた。
渾身の力で投げた豆。おっ、当たるか? と思いきや、大剣で呆気なく弾かれてしまった。
「ねえ! 豆を受け止めてくれるんじゃなかったの? こんなに逃げてどうするのよ!」
「身体が勝手に動くんだから仕方ないだろう! みすみす攻撃を受ける騎士団長がどこにいる!」
「これじゃあ鬼を祓えないわよ!?」
「ならばもっと必死に走れ! 投げろ! 己と闘え!」
ちょっと本当に何言ってるか分からない。けど悔しい。絶対に当ててやると意気込みながら、目に入った汗を拭った時だった。
ぐえっ!
足がもつれ、平衡感覚を失った身体が前に傾く。右手は目元に、左手は升を持っていた為に、顔から地面に突っ込んでしまった。
「……おい!」




