22 悪女は御御御付に何を想う
「どうだ? 美味いだろう? 魚など使わなくても、海藻のエキスだけでこんなに上品な味になる。他の大豆ペーストは塩辛いだけで食べられたものではないが、この白っぽいやつだけは何とか旨みを感じられた。それでもまだしょっぱいから、牛乳と蜂蜜を入れてみたが……ん? もういいのか?」
「……これはこれで悪くないんですけど。私は……ほら、関東の人間なので」
「カントウ?」
すると今度はシェフが、悪魔のカップを押しのけ、別のカップを私の前に置いた。
「ささっ、奥様。次はこちらをどうぞ」
立ち昇る鰹の香りと、深い味噌の色。
これっ……絶対にこれだ!
溢れる涎と共にずずっと啜れば、温かな記憶がパッと花開く。懐かしい母の味に、実家での幸せな幼少期が甦り、気付けば涙が頬を伝っていた。
「うええ……美味しい……美味しいよお」
「魚を削ったものからレシピ通りにエキスを抽出し、それに一番相性が良い二種類の大豆ペーストをブレンドし、溶かしてみました。お気に召していただけたようで光栄です」
あっという間にカップを空にすると、今度はナガコが別のカップを二つ置いてくれた。
「左は今のオミオツケにほうれん草を入れたもの。右は一番塩辛い大豆ペーストに、小魚エキスを合わせたものです」
「わあっ、ありがとう! うーん、ほうれん草美味しい! こっちは赤味噌よね? 煮干しのお出汁合う~最っ高!」
「この大豆ペーストという調味料は、工夫次第で色々な料理に使えそうですね。魚だけでなく、野菜や肉にも合いそうです」
「そうなの! たとえば……」
シェフと味噌料理について色々語っていると、こめかみに固い何かがぶつかった。
「いたっ!」
何事かと見回すと、今度はその何かが腕にぶつかり、床にコロコロと転がった。
……豆?
とりあえず拾って顔を上げれば、悪魔が私の残した白いおみおつけを飲みながら、豆をこちらへ投げ付けていた。眉をしかめ口元を膨らませたその顔は、怒っているというより、明らかに不貞腐れている。
「こらっ、ご飯を食べながら遊んじゃダメでしょ!」
「ふん! ガキめ。これでもくらえ」
おでこに命中しイラッとする。ったく、どっちが子供よ。
「ねえ、節分がしたいの?」
「セツブン?」
「鬼退治よ。ドアに魔除けも飾っていたでしょう?」
「退治……ああ、そうだ! やっと退治される気になったか! ふふっ、オミオツケ効果だな」
「何で私が退治されなきゃいけないのよ。鬼役は家長の仕事でしょ?」
「嘘だ……だって本には、家長が鬼に豆を投げると書いてあったぞ?」
悪魔はカップを置き、古めかしい本をパラパラと捲り出す。一緒に覗き込めば、そこには鬼退治の方法として、魔除けの作り方や煎り豆の投げ方などが載っている。確かに家長が鬼を祓うと書いてあるけど……
「きっとこの本が古いのよ。今時はね、家長が鬼役をやるんだから」
「そう……なのか?」
「そうよ。家長が女性とかお年寄りだったら可哀想だけど、こんなに若くて立派な男性が鬼役をやらないなんて勿体ないわ」
「立派……俺が?」
「ええ。背が高くて肩幅が広くて足が長い。おまけに冷徹の異名を持つクールな美丈夫。こんなに鬼役に適した人はいないわよ」
「そう……か」
鬼の挿絵を見ながら、悪魔はまんざらでもなさそうな顔をする。
「俺が豆を受け止めれば、オニを祓えるんだな?」
「ええ」
「……よし。では王国騎士団長であり、偉大な家長であるこの私が、身の毛もよだつ素晴らしいオニを演じてみせよう。ナガディア、侍女長にこの絵を見せ、すぐに相応しい衣装を用意させろ」




