表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/72

20 悪女は誘き寄せられる

 

 あ~あ、あれが全部酒だったらいいのに。

 ……そんな訳ないかと首を振れば、悲しみがどっと押し寄せる。

 ナガコがこっそりくれたブランデー入りチョコの箱を抱えながら、ハイジのベッド(癒し)を求め、とぼとぼと離れへ向かった。



 ◇


 廊下を慎重に見回してから厨房に入った冷徹は、内側からも厳重に鍵をかける。ドアの前には見張りの兵も置く徹底ぶりだ。


「それにしてもすごい荷物ですね。狭くて仕事が出来るかどうか……なんて、はは」


『仕事の邪魔だからどこかへ移して欲しい』

 遠回しなシェフの訴えは、冷徹の冷たいひと睨みで、粉雪の如く散ってしまう。


「厨房はガキが唯一恐れる場所だ。ここ以上に適した保管場所などないだろう。……ナガディア、ガキは離れに行ったか?」


「はい。例の物をお渡しして、こっそり召し上がるようにと申し上げたところ、ご機嫌で離れに向かわれました。お昼寝に丁度良い時間ですし、当分の間は戻られないかと」


「ふん、アイツは酒に餓えてるからな。ちょろいもんだ。……よし、では早速作業を始めよう」


 調理台に並べられたのは、様々な種類の大豆ペーストと、干した小魚に海藻。それと削った木のような、魚どころかとても食材には見えないもの。

 冷徹は小魚をサッと布で覆うと、震える手を後ろに隠し、何とか威厳を保ったまま声高に言う。


「離れの取り壊し費用と、馬小屋の改装費用を注ぎ込んでまで取り寄せた、東国の貴重な食材だ。最強のオミオツケとやらを完成させ、必ずあの女からガキを祓う。この屋敷を救う為、皆、心して任務に当たれ!」


「「はい」」


「……その前に、まずはこれを幾つか作ってくれ」


 冷徹は例の本を広げると、ある挿し絵を指差す。


「柊に鰯の頭を刺すのでしょうか。何とも不気味な」


「ああ。いかにも魔除けといった飾りだな。生の鰯を輸送するのは難しい為、干した物にした。それでも多少は効果があるだろうから、作ってドアに掛けてきてくれ。私はその間に煎り大豆を仕上げる。オニが暴れた時にぶつければ、大人しくなるらしい。……ふっ♪」



 ────あの奥様が、豆をぶつけたくらいで大人しくなるだろうか。


 シェフとナガディアはあり得ないといった表情を見合せるが、ご機嫌な主を前に、とりあえず頷くしか出来ない。


 こうして手分けして魔除けアイテムを完成させた三人は、ようやく安心してオミオツケ作りに取り掛かった。



 ◇


「ん?」


 どこからか漂う懐かしい匂いに、涎がつうと垂れる。


 ……やだ! 私ったら、お鍋を火に掛けたまま寝ちゃったのかしら!


 ガバッと跳ね起き見回したそこは、コジマ家の台所でも、コーラクの厨房でもない。美しい薔薇色の夕陽が、丸太の壁をただ穏やかに染めていた。

 いかにも洋風な室内なのに。この匂いのせいで、夕焼け小焼けでも聞こえてきそうだわ。


 ベトベトの口を拭うと、鼻をくんくん動かしながら、半開きの丸窓へ近付く。


 お屋敷の……厨房の方からだわ!


『厨房』


 ゾッとするけど、元日本人の欲求には抗えない。

 ほんの僅かでもアルコールを摂取した胃は、確実にそれを求めている。


 生唾をゴクリと飲みながら梯子を降りると、私はふらふらと匂いに引き寄せられて行った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
木山花名美の作品
新着更新順
総合ポイントの高い順
*バナー作成 コロン様
― 新着の感想 ―
柊鰯と大豆、って、節分かっ!? せめて豆鉄砲でもあれば勝ち筋が見えてくるかも知れないのに!
忘れられない、ミソシルの味。異世界でその懐かしい匂いを嗅いだら、日本人はいてもたってもいられなくなりますね。 美しい薔薇色の夕陽が、丸太の壁を穏やかに染める描写が素敵です。誘き寄せられるように厨房へ…
そうか飲んだあとは味噌汁派か・・・! 鍋アツアツにして、薄めにといた味噌汁ネギ入りをジャッと入れて、鍋肌に回すと焼き味噌風味の味噌汁になるのだよサツキちゃん。 私はラーメン派だけどね!
2024/12/18 23:50 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ