19 悪女は暴れ狂う
処分……しょぶん……ショブンショブン♪
あまりの衝撃に、お昼のグラサン男がご機嫌ナナメに歌い出す。
目の前がクラクラし、立っていられなくなったところを、「大丈夫か?」と支えられた。
大丈夫か?
……大丈夫な訳がない。
私は悪魔の腕をわしっと掴み、震える足で何とか踏ん張る。
「……捨てたってことですか? 私のベッドを」
絶望の底から振り絞った問いに、悪魔は平然と答える。
「ああ。私の憩いの場を、あんな散らかったままにはしておけないからな。本当は散らかした張本人に片付けさせたかったが、免除してやったんだ。感謝しろ」
干し草の上に、初めて身体を横たえた日のことを思い出す。柔らかくて温かくて心地好くて……天国みたいに幸せだった。きっと今頃はと想像するだけで涙が出てくる。
「……馬の糞になったんですか?」
「はっ、笑わせるな。お前の汗と臭いが染み付いた草など、家の繊細な馬達は食べない。再度天日干しした後、余所へ送る予定だ」
「酷い……ひどいひどいひどい!」
悪魔に掴みかかろうとするも、二日酔いのダメージは想像以上に重く、床に崩れ落ちてしまう。悲しいやら情けないやらで、涙が洪水みたいに溢れ出た。
「うっ……うう……うわあああん!! この悪魔! 冷徹!」
「なっ、何だと? もう一度言ってみろ!」
「悪魔悪魔悪魔! 冷徹冷徹冷徹! ハイジのベッドを返せ! 私の幸せを返せえ!」
ピシッ……ピシピシ……ピシ
「……このっ、人が優しくしてやってれば調子に乗りやがって! はん! 俺が冷徹なら、お前はオニだ! ガキだ!」
「ガキ? 何それ!」
「しらばっくれるな! 飲んで食べて腹が出てる時の醜い姿を鏡で見てみろ! ガキそのものじゃないか!」
「おう……おうおうっ! 分かったよ! じゃあ今からまた立派な腹を見せてやる! やけ酒だ!」
二日酔いのダメージはどこへやら。怒りのエネルギーは、私をシャキッと立ち上がらせる。前に立ちはだかる悪魔をひょいと躱し、部屋を出て、大股でずんずんと食料庫を目指す。
「……よせ! 止めろ! お前に飲ませる酒はもうない! このままじゃ破産する!」
「ショブンショブン♪」
「止めろガキ! おいっ……おい誰か! 今すぐに豆と葉っぱと魚を持って来い!」
捕まり、バタバタ暴れては脱出し、また捕まる。こうして揉めている内に、静かだった屋敷の廊下に人が集まり出した。
数人がかりで熱々の風呂に沈められている間に、食料庫には、頑丈な鍵が掛けられてしまった。
その後、ハンマーで食料庫の鍵を殴り、馬小屋から干し草を盗もうとする私に悪魔は根負けする。
交渉の末、新たな場所に新たなハイジのベッドをこしらえることを約束させたけれど……その条件として、一週間にワイン一本だけという『飲酒制限令』を呑まなければならなかった。
ハイジと同じ、丸窓のある屋根裏部屋(最初に案内された離れにあった!)にこしらえられたベッドは、初期モデルよりもハイクオリティな出来だ。
侍女長が作ってくれた、ハイジそっくりのワンピースでぽふんと寝転がれば、すぐに羊が飛び始めてしまう。
酒が飲めない切なさを、極上のふわふわで慰めていた。
◇◇◇
それから数日後、離れへ行こうと廊下を歩いていると、屋敷の前に大きな荷馬車が到着するのが見えた。悪魔が嬉しそうに先導し、怪しい包みを続々と屋敷へ運ばせている。
……何だろう。