17 悪女は再び尋問される
◇
ごくっごくっごくっ……ふう。
搾り立ての新鮮なオレンジジュースを一気飲みする。あんなに気持ち悪かった胃がサッパリして、ゾンビみたいな身体が内側から生き返った。酒飲みにとって、やっぱりビタミンは必須ね。
「ありがとう。ご馳走さまでした」とお礼を言うと、悪魔はムスッとした顔で頷く。向かいのソファーで長い足を窮屈そうに組み直し、ぼそっと呟いた。
「……飲む姿は人間と変わりないな」
「へ?」
「いや、吐き気がないようなら今度こそ尋問を始める。お前は実家にいた時、男遊びが激しかったというのは事実か?」
「ああ。それやってたの、私の腹違いの妹です。流行りの姉妹格差ってやつ」
「姉妹格差?」
小説だと、ヒーローがヒロインの不遇な生い立ちを調べて、愛を育んでいく展開が面白いのだろうけど。私がヒロインになった今、面白さは一切求めていない。誤解されるのも面倒なので、さっさと言ってしまおう。
「はい。私は前妻の子で、継母と妹に虐められていました。下女として扱われ、屋根裏部屋で暮らしていたのですが、父親も見て見ぬフリで。はっきり言っちゃうと、贅沢三昧の妹がこしらえた借金で、実家の財政が立ち行かなくなったんです。そこに都合のいい王命を賜りまして、援助と引き替えに私がこちらへ嫁ぐことに」
「……何故原因を作った妹ではなく、お前が犠牲になるんだ」
「冷徹騎士が怖くて、私に押し付けたんでしょうね」と素直に答えてしまい、あっと口を塞ぐ。
案の定、悪魔の額には青筋が浮かんでいるが、私を見つめるその顔には、怒りとは違う別の何かがある気がした。
何故かそれきり質問を止め、押し黙ってしまう悪魔。空気を和ませようと、私はへへっと笑いながら言った。
「まあね、人生なんて、どこへ行っても鬼ばかりですよ。転生前も、転生後も」
「……オニ?」
悪魔が美しい目を見張る。組んでいた足を戻し、前のめりになった。
「お前は、オニに会ったことがあるのか?」
「はい、もちろん。鬼なんてそこら中にいますよ。誰の心にも、鬼は住んでいるんだから」
「誰の心にも……」
胸ポケットから紙とペンを取り出し、悪魔は何かをメモり出す。
「つまり逆に言えば、オニが憑いていない人間はいないということか?」
「うーん、まあそういうことですかね? 鬼と上手く付き合う方法を学ぶのが人生なのかも」
我ながら深いことを言うわと感心していると、悪魔は更に前のめりで問う。
「……では、お前にもオニは憑いているんだな?」
「まあ、そうでしょうね」
「どうすれば……どうすればオニを祓える!? 」
「うーん、ストレスを溜めないことが一番じゃないかなあ。食べて飲んで笑っていれば、鬼なんて出てきませんよ」
「食べて飲んで……」
悪魔は顎に手を当て、何やら難しい顔をする。
「オニがお前に無理やり飲み食いさせているんじゃないのか?」
「あはっ、そうとも言えますね。ストレスが溜まると食欲が倍増するし。でも、それで鬼が満足するならいいんじゃないですか?」
「……あれだけ食べて飲んだなら、夕べはさぞかしオニも満足したことだろう」
「そうですね。でも……異世界にはアレがないから、いまいち満足感が得られなくて。ずっと飲み続けちゃうんです」
「アレ……アレとは一体何だ!?」
メモを構え目をギラギラさせる悪魔に、私はたじろぐ。そんなに重要なことか? と首を傾げながらも、一応答えてみた。
「おみおつけです」
「オミオ……ツケ?」
「味噌……大豆を発酵させたペーストと、魚の出汁で作るしょっぱいスープです。具は長ネギが一番好きだけど、異世界にはなさそうだし。小松菜とかほうれん草でもいいかなあ」
「大豆に……葉っぱに……魚……」
唇を震わせながら、そう唱える悪魔。その顔はみるみる引きつっていった。