2 悪女は野宿で夢を見る
一年中初夏の陽気。小説にそう描いてあった通り、少し動くだけで汗ばむくらいに暖かい。日本と違い湿度は低く、夜は心地好い風が吹く。
つまりは、野宿にも最適という訳だ。
ええと確か……あっ、あったあった!
寝る場所を求めて庭を歩いていた私は、屋根の付いた休憩所……つまりは東屋。西洋風に言えば、ガゼボを発見する。大きなベンチもあるし、最高の寝室じゃないかとスキップしながら飛び込んだ。
小説の中で、ここはメイリーンと夫の冷徹将軍が、愛を交わす舞台だった。
誤解が解けた二人は、愛を語り、ダンスを踊って、抱き締め合いキスをする。
涎を垂らしてガーガー眠る旦那の隣で、ロマンチックなシーンに胸をときめかせながら、今日の鬱憤をリセットし明日への原動力にしていた。早く寝なきゃと思いつつも、ページを捲る手が止まらなくて……そのまま寝落ちして……
目覚まし時計の爆音を思い出しゾッとする。
大丈夫……大丈夫よ、サツキ。
異世界にはあんな残酷な物ないんだから。
気を取り直し、ボストンバッグからショールを取り出すと、くるくると巻いて枕もどきにする。そしてベンチに横になると、布団代わりの服にくるまった。
うーん、背中が少し痛いのが難点ね。
……あっ! 馬小屋から干し草でも盗んでこようかな。ハイジのベッド、憧れちゃう!
それにほら、なんて星が綺麗。……あの宙の何処かに、元居た地球があるのかな。それとも異世界っていうくらいだし、別の宇宙が並行して存在しているのかな。宇宙から宇宙へ、どうやって魂が移動したのか……そもそも宇宙の周りには一体…………
ダメだ。おやすみなさい。
Ꮚ ֊ .̫ ֊ Ꮚ ᐝᏊ ֊ .̫ ֊ Ꮚ ᐝᏊ ֊ .̫ ֊ Ꮚ ᐝ
『サツキ! いつまで寝てるんだい!』
『サツキさん、朝ごはんまだ? ったく、グズねえ』
『サツキ! 客が並んでるぞ! 早く店開けろ!』
…………はっ!!
今何時? と飛び起きた私は、目覚まし時計を手繰り寄せようとして床に転がり落ちる。
いたた……
愛らしくさえずる小鳥、朝露にきらめく草木。足にまとわりつくのは、中華『コーラク』の白衣でもエプロンでもなく、西洋風のひらひらのスカート。
そうだ……ここは異世界で、私は転生したんだわ。
異世界でも一応実家で虐げられてたのに、前世の記憶の方が悪夢になるなんてどれだけよ。
……サツキ、あんた死んでよかったかも。
意識が冴えてきたところで、汗だくの額を拭い、フラフラと起き上がる。
うーん、身体バッキバキ。やっぱり干し草を盗んでこようと伸びをする。
喉が渇き、昨日見かけた井戸までやって来ると、若いメイドが水を汲んでいた。
私と目が合うとふいと顔を逸らし、桶を持ってそそくさとその場を離れる。
あらら、感じ悪。
小姑に比べたら可愛いもんだけど。
一人になった井戸。ゆったりと水を汲み、喉を潤し顔を洗う。少し周りを見回した後、かの白いプリンセス風に、『アアアッアア~♪』と歌って遊んだりもした。
一通りやって満足したところで、もう一つの欲求に気付く。
…………お腹空いた。