16 悪女はオレンジジュースを所望する
うーん。
……あれ、ここはどこだ?
ぼやけた視界に映ったのは、コーラクでも、オカクラ家でもない高い天井。
じゃあ転生後の侯爵家かな? と考えるも、屋根裏住まいだったから違うかと首を振る。
つっ!
頭のどこかがズキリと痛む。
誰かに殴られたんだろうかと目を擦れば、眩しい日差しの中、クニコとナガコが自分の隣でふがふがすやすやと眠っているのが見えた。
……変な組み合わせ。
ああ、そうか。転生前の二人じゃなくて、転生後のよく似た二人だったと気付く。
のそりと身体を起こせば、頭痛に加えて胃までムカムカする。何故? と抱いた素朴な疑問に、夕べの愉快な記憶が呼び起こされた。
あ……そっか。二日酔いってヤツね。
まあ、あれだけ飲めば当然だわと納得する。
ふと見た時計は正午近く。店を開ける必要もないし、もうひと眠りしようと再び布団に潜った瞬間、ドンドンと偉そうなノックの音が響いた。
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今、私はベッドから這い出して、絶不調の状態で悪魔と向き合っている。容赦ない音にしつこく頭を殴られ、ドアを開けざるを得なかったからだ。
悪魔は部屋に入るなり、カーテンと窓を乱暴に開け、 咳き込みながらこちらを睨んでくる。二日酔いの患者にとって、騒音と日差しがどれだけ辛いか……睨みたいのはこっちだっつうの。
しょぼしょぼする目を両手で覆っていると、苛立たしげな声が降ってきた。
「お前に訊きたいことがある。……だが、まずは基本的なことを訊きたい」
基本的?
痛む頭を傾げることも出来ず、ただぼうっと綺麗な顔を見つめる。
「お前は夕べ、歯を磨いたか?」
歯…………?
それどころか、いつ宴会が終わったのか、どうやって寝室まで辿り着いたかも覚えていない。口の中を舌で探ってみれば、まだ香ばしい肉の脂と、酒の刺激が残っている。
「へへっ、多分磨いてな」
「磨け。今すぐに。その汚い顔も洗え」
こちらとしても是非洗ってサッパリしたいところだが、今の状態で井戸まで行くのは自殺行為だ。
「無理。頭が割れそう。動けない」
「…………チッ」
────数分後。
悪魔が運んでくれた水で歯を磨き、目やにを落とすと、タオルで乱暴に顔を拭かれた。
うえっ……気持ち悪い。
その後、冷たいグラスを強引に手に握らされるも、胃が受け付けてくれる気がしない。
悪魔は向かいのソファーにドカッと座ると、こちらの状態などお構いなしに話し始めた。
「では、今からお前に幾つか質問をする。実家では……」
「無理。気持ち悪い。吐く」
悪魔は盛大に顔をしかめると、速やかに立ち上がり距離を取った。
「手洗いに行け」
「無理。多分吐くもの何も残ってない。それより、水じゃなくてオレンジジュースが飲みたい」
「オレ……ンジ?」
「うん。搾り立ての。酸っぱいヤツ」
「……誰が!」と叫んだ悪魔は、イビキをかき続けるベッドの山を見て、はあとため息を吐いた。
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厨房では腕まくりをした冷徹が、額に青筋を立てながら、必死にオレンジを搾っていた。
何で俺がこんなことまで……と折れそうになる心を、尋問する為だと必死に奮い立たせる。
もう昼を過ぎたというのに、まだ気味の悪いほど静かな屋敷。当然厨房はぐちゃぐちゃのままだ。
残ったオレンジを手に取ると、冷徹はぐうと鳴る腹を見下ろしながら、ぼそっと呟く。
「……シェフの分も搾っておくか」