【おまけ】 侍女は悪女を一晩中監視する
ぐご~ふがっ、ががが……
煙、酒、肉、にんにく……様々な臭いが充満する寝室を、青い月明かりが優しく包んでいる。
キングサイズのベッドの中、侍女長と手を繋いで眠る小柄な主。涎を垂らしたその幸せそうな寝顔を、侍女ナガディアは隣で見下ろしていた。……いや、監視していた。
ナガディアと冷徹以外は皆泥酔し、死んだように眠ってしまった屋敷。この悪女がムクリと起き出して、何かよからぬことをするのではないかと危惧している為だ。
それにしても、実に恐ろしい夜だった。
真面目で誰よりも規律を重んじる侍女長が、こんな姿になるとは。
主の横で、口をぽかんと開けたままイビキをかく侍女長の姿に、ナガディアはゾッとする。
なんと哀れな……散々肉を焼かされたことで精神を破壊されたのだろう。彼女だけではない。臆病で腰が低いシェフや、下級使用人の馬丁までが、絶対的な主である冷徹を恐れることなく罵倒した。
皆、今までの鬱憤やしがらみから解き放たれるように、肉を喰らい酒を呷り……。悪女に唆されるままに欲望を曝け出したあの光景は、まさに地獄絵図だった。
酒に強くなければ、自分も呑まれていたかもしれない……
ナガディアは酒屋で借金を作った父親を恨んでいたが、ザルと言われたその体質を譲り受けたことだけは感謝していた。
布団をそっと捲れば、あんなに膨らんでいた主の腹は、もうペシャッと潰れている。侍女長はまだぽっこりしているというのに。
酒も肉も野菜も、確かに口に入れ飲み込んでいた。心配だからと手洗いにも付いていったが、普通に用を足しているだけで、不審な様子は全く見られない。この薄い腹で、あの量を、たったの数時間で分解してしまうとは。……やはり彼女には、何か恐ろしいものが憑いているのだろう。
涎の雫を妖しく光らせる月は、次第に朝陽に溶け白くなっていく。ナガディアは座ったまま何度もウトウトしては、小鳥のさえずりに引き戻されていた。
ダメ……眠っては……ご主人様に報告する任務が……ダ…………メ……
Ꮚ ֊ .̫ ֊ Ꮚ ᐝᏊ ֊ .̫ ֊ Ꮚ ᐝᏊ ֊ .̫ ֊ Ꮚ ᐝ
「……あれ、ナガコっれば。こんなとこで寝ちゃダメじゃない」
ナガディアは華奢な肩によいしょと担がれ、ベッドに寝かされる。
酒臭い二人に挟まれ、ナガディアが川の字で遅い眠りに就いた頃、冷徹はたった一人で孤独に目を覚ましていた。