15 悪女はまだ爆睡中
『人間以上の力を持つ恐ろしい存在。その性質は非常に荒く、粗暴で凶悪。人に災いをもたらす』
解説文に大きく頷くも、その下に載っている『オニ』の絵は、冷徹が抱く彼女のイメージとはいまいち重ならない。
違う……確かに荒々しい雰囲気は似ているが、あの女には、ここまでの知性が感じられない。
次のページからは、『オニの種類』について細かく解説されている。パラパラと捲った先のある絵を見て、冷徹は思わず「あっ!」と叫んだ。
涎を垂らした卑しい顔と、痩せているのにぽっこり膨らんだ腹。ニタニタと笑いながら、酒や食べ物に手を伸ばしている。
これだ……!
冷徹は興奮しながら、『ガキ』と言うらしいその魔物の解説を読み進めていく。
『非常に強欲で、飢えと渇きに苦しむ。 食べ物や飲み物を口に入れようとしても、すべて燃えてしまう為、腹が満たされることはない』
……あの女そのものじゃないか!
あんなに肉を燃やせと強請った挙句、いつまで経っても満腹にならないなんて!
このままあの女を野放しにしたら、食費と酒代で破産するのは目に見えている。いっそ監禁する手もあるが、屋敷の規律が大きく乱れてしまった今、使用人達が自分の命に素直に従うとは思えない。最悪自分の方が監禁される可能性も……と考え、冷徹はゾッとする。
今すぐにでも実家の侯爵家に送り返したい所だが、王国騎士団長の自分が、王命で定められた結婚を軽んじることなど出来ない。たとえ離婚するにしても、正当な理由と、それなりの年月を経てからでないと……
それなりの年月…………いや、無理だろ。
手早く祓う方法はないのかと調べるも、『ガキ』に関しては、自ら欲を捨てるまで待つしかないと書かれている。他に何か……! と藁をもすがる思いで調べた結果、オニ退治には、煎った大豆と柊、それと焼いた鰯の頭が効果的だとあった。
大豆と柊はすぐに手に入るが、問題は鰯。海に面していないこの国では、そもそもあまり魚を食べる習慣がない。おまけに冷徹は、子供の頃たった一度食べてからというもの、魚が大の苦手だった。
あの気味の悪い目……あの生臭い臭い……
ガキを祓う前に、こっちが殺られてしまう。
震える手から本が滑り落ち、磨き上げられた革靴の前に力なく広がった。
……冷静になれ。ガキを確実に祓うには、まず、何故あの女にガキが憑いたのか、その経緯を知らなければならない。その為には、ここへ嫁いで来る前の、実家での暮らしを調査する必要がある。
夜会で男を漁っては、魅惑的な肉体と引き替えに、金や宝石を貢がせる侯爵令嬢。その浪費癖は酷く、裕福だった侯爵家の財政を傾かせるも、女神の化身と囁かれる程の美貌に、苦言を呈することが出来ない。要するに、バカ親にしてバカ娘あり。
────冷徹が結婚前に得ていた情報はこれだけだった。
魅惑的……女神の化身……美貌???
よくよく考えれば、何かがおかしいと冷徹は気付く。財政を傾かせるという、その点のみは納得だが。
おもむろに本を拾い上げ、もう一度『ガキ』のページを開く。「やっぱりアイツだ」と呟くと、しっかり脇に抱え、図書室を後にした。