12 悪女は飲み友を得る
悪魔は凶悪な目をぱちくりさせ、左右、後ろと振り返る。やがて、『俺?』という風に自らを指差せば、皆一斉に頷いた。
ピシピシ……ピシッ
額、頬、首……とにかく沢山の青筋を立てながら、悪魔は立ち上がる。
「お前ら……俺を誰だと思っている」
「冷徹騎士。肉を切るのは得意でしょ? 早くナイフ持っれ」
私の言葉に、南極みたいな空気が一変する。
皆、小刻みに身体を震わせ……侍女長に至っては、ぶふう! と盛大に吹き出した。
悪魔は何か言いたげに口をパクパクさせるが、言葉にならないのか大きな舌打ちに留まる。大股でつかつかとこちらへやって来ると、使用人から「貸せ!」とナイフを引ったくった。
「よろしくね~綺麗に切っれよ」
「…………くそっ、悪女め。見てろ!」
シュパパパと、鮮やかな手付きでスライスされていく肉や野菜に、皆おおっと拍手をする。
これで安心と、めいめい皿や飲み物を手にしては、芝生の上で寛ぎ始めた。
「奥様、どうぞ」
冷たい井戸水でこしらえたという果実水を差し出すのは、昨日から私の侍女になったらしいあの若いメイド。
「ありがとう」
気が利くぅ! と、煙でイガイガする喉にそれを流し込んだ。
この娘も私を無視したのだから、本当は罰するべきかもしれないけど。悪女の侍女になっちゃったこと自体が罰みたいなものだから、まあいいかと思った。
それにこの娘……顔も雰囲気も、なんとなく末妹に似ていて可愛いのよね。つい、よしよしと頭を撫でてしまう。
「あの……」
静かにやって来る侍女長。その手に皿はなく、お代わりじゃないの? と問えば、おずおずと話し出した。
「あの、奥様に是非ともお召し上がりいただきたい物があるのですが……。部屋から取って来てもよろしいでしょうか?」
お召し上がり……食べ物!?
何だろうとわくわく送り出した数分後、彼女は数本の瓶を抱えて戻って来た。
あれは……!
遠目にもセンサーが働く。
手袋とトングをナガコに託し走って行けば、侍女長は瓶を並べながら楽しそうに説明を始めた。
「実は私、晩酌が趣味でして……舶来物の珍しい酒を収集しては楽しんでおります。この度のお詫びと寛大なご処分のお礼として、是非奥様に召し上がっていただきたいと、オススメを選んで参りました。こちらは麦で作った蒸留酒、こちらは発泡性のあるワイン、こちらはお米の……」
うっ、うおおお……
まさか異世界で、ウイスキーやスパークリングワインや日本酒まで飲めちゃうなんて! 作者はきっと酒好きに違いない!
一応「もらっれいいの?」と訊きながら、早速どれにしようかと瓶を選ぶ。グラスにしゅわしゅわ泡立つそれを注ぎ、はいと侍女長に渡せば、困惑した表情を浮かべられた。
「みんなで一緒に飲みましょ! ナガコもこっちおいで!」
「あ……ですが焼き係は……」
何も言っていないのに、皆一斉に悪魔の方を見る。
「……ふざけるな。俺は切り係だろうが」
「もうそれだけ切っれあればいいわよ。今度は焼いれちょうだい」
「…………くそっ!」
切ろうとしていた塊肉にナイフを突き立てると、悪魔は山盛りの食材を手に、素直に網へ向かった。
「みんなグラス持っら? それじゃあ……異世界に乾杯!」
「「「「「かんぱぁい!!」」」」」
────それからまた二時間後。
月とランプと炎が照らす仄暗い庭には、悪魔も真っ青の恐ろしい光景が広がっていた。