11 悪女は業火へ向かう
ごきゅっごきゅっごきゅっ……ごくん。
…………うまあ。最っっっ高!!
葡萄の深い甘味が広がる口内に、熱々の牛肉を放り込む。
ほふっ……ほふ……
噛んで飲み込むや否や、舌の上に残る肉の旨味と脂を、ワインに絡めて流し込む。
幸せ……本当の本当に幸せ♡
悪魔という障害を乗り越え、やっと出逢えた酒と焼き肉。欠けていた何かを互いの中に見つけ、尊い愛を育み出した。口が、喉が、胃が……私の全てが、この瞬間を祝福している。
「肉も野菜もどんどん焼いてちょうだい! ようし、食べるわよお!」
フラットな食欲に火が点き、もしゃもしゃごくごくやっていると、悪魔が冷気を纏いながら言った。
「とっとと飲んで、とっとと終わらせろ」
「はに言っへんの! 今はらが本番なんじゃない! ほふっ……おはわり!」
「……ふざけるな。忙しい中、何時間お前に付き合ったと思っている」
「べふに付き合っへなんて頼んでないもん。食べないなら、部屋に戻ったらいかがですか?」
「なっ……何だと!?」
ブリザードが放たれるも、ちっとも寒くない。むしろ暑かったくらいだから快適だ。
「俺が何故ここにこうして居るか……それはお前が悪事を働かないか監視する為だ! !」
「失礼ね。ただ大人しく食べへるだけじゃないの。ほふ……おはわり! 豚多めで!」
「……後一時間以内に、この馬鹿げた罰を終わらせろ。さもなくば、俺がお前を串刺しにしてやる」
バーベキューの串で威嚇されているようだが、こっちはそれどころじゃない。早くも最後の一滴をグラスに注いでしまい、絶望に陥っているからだ。
「足りない……一本じゃ足りない……まだ喉もカラカラ! お腹もペコペコ! 一時間なんかじゃ終われない!」
また涙が溢れそうになる。悪魔は立ち上がると、私の手から空の瓶を引ったくり叫んだ。
「 ……くそっ! おい! 誰でもいいから、厨房から酒をありったけ持って来い! 不味くても腐ってても、酒なら何でもいい!」
ピシピシと鳴る音。それは瓶に入ったひびか、はたまた悪魔の青筋なのかは分からない。ただ私は、まだ酒が飲めるという高揚感に浸っていた。
────二時間後。
……ふう。さすがにお腹が一杯になってきたわ。やっぱり酒を飲むと、満足感が違うわよね。
スイカみたいに膨れた腹を擦り、あくせく働く罪人達の方を見れば……ランプに照らされた網の上にも、カッティングボードの上にも、まだ大量の肉や野菜が載っている。
残したら勿体ないわよね……暑いし冷蔵庫なんてないだろうから、すぐに傷みそう。……よしっ!
ちょっと酸っぱいワインをぷはっと飲み干すと、私は立ち上がり、げっそりした顔で煙と格闘し続ける侍女長の元へ向かった。
「交替するわ。私はもうお腹が一杯だから、よかっららみんなで食べれ」
「……へ?」
手袋とトングを奪い取ると、焦げそうな肉を手早く隅に移動させた。
うん、バーベキューの網なら全然怖くないわ。コーラクにはこんなのないもんね。
「ほら、貴女達もお皿持っれおいで! どんどん焼くわよお!」
そう声をかければ、黙々と野菜や肉を切り串に刺し続けていた使用人達は、やっと手を止める。驚いた顔を見合わせ、遠慮がちに口を開いた。
「あの……私達が休んだら、誰が食材を切るのですか?」
「ああ、そこにいるじゃない。一番暇そうな人が」
疲れきった皆の視線が、一斉に悪魔へと集まった。