【おまけ】 とあるメイドは冷徹騎士に密告する
それは悪女が風呂で地獄を見ている時のこと────
「……お前は?」
「先月、下女から洗濯係に昇格させていただいたメイド、ナガディア・クランと申します。奥様のことでお伝えしたいことがあり参りました」
「話せ」
「はい。……奥様が野宿をされていたのは、侍女長様の命により、使用人達が奥様のお世話を放棄した為です。聞いた話によると、離れの汚部屋に奥様をご案内し、お食事も用意せず突き放したそうです。私も侍女長様には逆らえず……奥様のお洋服を洗濯するという大切な職務を放棄してしまいました。申し訳」
「謝罪は要らない。……で? お前は何故それを俺に密告する。保身を図る為か、それとも薄っぺらい罪悪感からか?」
「いいえ……私は、恐ろしいのです」
「恐ろしい?」
「はい。何度か井戸で奥様をお見かけしましたが……日に日に臭いが増していくにもかかわらず、実に楽しそうなのです。泥酔していらっしゃるのか、私のことを誰かと勘違いされ、一緒に飲もうと誘われたこともあります。……貴族のご令嬢として大切に育てられた方が、使用人達から無視され、草の上で寝たり食材をそのまま食べたりしているというのに、毎日毎日実に楽しそうなのです。これが恐ろしくなくて何なのでしょうか」
「…………」
「バードバスの女神像を楽しそうに殴られているお姿を見て、私は更に恐怖を感じました。この先、想像もつかぬような災いが、このお屋敷に降りかかるのではないかと」
「……お前から見て、あの女は悪女に見えるか?」
「はい。そもそも風が吹けば倒れてしまいそうな程華奢な方が、あんなに飲んで食べられる訳がありません。もしかしたら奥様は……悪魔と契約した、真の悪女かもしれません」
「…………」
「…………」
「確かにあの女はどこかおかしい。具体的にどことは言えないが、かなりおかしい。……そうだ。お前、今からあの女の侍女になれ」
「え?」
「傍であの女を見張り、おかしな行動を取ったら逐一私に報告しろ。あの女が何者か分からない以上、命の保証は出来ないが。真面目にやれば任務に見合った給金をやる」
「私は……大した教育も受けていない、貧しい平民の出です。奥様の侍女などという大役が務まるとは、とても思えません」
「悪臭さえ放たせなければ、世話は適当で構わない。あんな汚ならしい身なりでもヘラヘラ出来る女なら、文句は言わないだろう。それに、私はお前が気に入った。『冷徹騎士』に密告出来る度胸があるなら、この任務は充分務まるだろう。……ふんっ」