10 悪女は肉片を貪る
◇◇◇
────翌日、抜けるような青空の下には、残酷な光景が広がっていた。
ぶつ切り、或いは薄く削がれた赤い肉片が、火あぶりの刑に処され色を変えていく。ジュウジュウチリチリと断末魔の叫びを上げ……生前の面影を失った無惨な屍は、悪女の口に次々と放り込まれていくのであった。
「……おはわり!」
空の皿と引き替えに、肉片がこんもり盛られた皿を受け取る。もう何度同じやり取りを繰り返したか知れないのに、香ばしい匂いを吸い込んでは感動してしまう。
はあ~幸せ♡
火の通ったもの、しかも焼き立てを食べられるなんて。
サツキの記憶が甦る前の、純メイリーン時代から思い返してみても久々だ。
焼き肉のタレがあったら最高なんだけどな……と思いながら、グレイビーソースをかけていく。部位なんか全然分からないけど、もしゃもしゃ噛んでは温かな肉汁を楽しんだ。
次は豚? やっぱ鶏がいいかな? と考えていると、エホエホと咳き込む声が聞こえた。
あらら。可哀想に。
煙の中で肉を焼いているのは、主を悪魔に捧げようとしたあの侍女長だ。タオルを頭と首に巻き、汗と涙を流しながら必死に格闘している。時折こちらをチラチラと見ては、瞬く間に空になる皿に絶望の表情を浮かべている。
ふふん。まだ腹五分ってとこよ。
これ見よがしに、ポンと腹を叩いてみる。
「次は鶏を」
「……かしこまりました」
「あ、あの茄子と玉ねぎもちょうだい。焦げそう」
「……はい」
お風呂で私を雑に扱ったメイド二人、そして今まで私を蔑ろにした使用人達にも、食材を切ったり給仕として働いてもらっている。
ふふっ、上げ膳据え膳なんて最高すぎでしょ!
だけど……
ため息を吐きながら新しい皿を受け取る私に、悪魔は呆れた顔で言う。
「お前、まだ食べるのか」
「はい。だって、いくら食べても食べた気がしないんですもの。……酒がないから」
そう、せっかくの焼き肉だというのに、この悪魔は飲酒を禁じた。私がワインセラーをほぼ空にしたという、たったそれだけの理由で……一年間も。
再度繰り返すが、焼き肉なのに酒が飲めない。これ以上の苦行が他にあるだろうか。そのせいで、昼前から始めたこの罰ゲーム兼バーベキュー大会も、一向に終わる兆しが見えない。
少しずつ夕暮れの気配へ染まりつつある庭。一体いつになったら満腹感を得られるのだろうかと、水の入ったグラスを恨めしげに見つめた。
「お待たせいたしました」
差し出された皿から骨付きの鶏肉を掴み、ガブリと噛りつく。ふと視線を感じ顔を上げれば、悪魔がじっとこちらを睨んでいる。顎に垂れた肉汁を手の甲で拭いながら、へへっと笑ってみせれば、綺麗な顔が盛大に引きつった。
「奥様、こちらをどうぞ」
シェフも罰を恐れているのか。何も命じていないのに、焼き立てのパンやらオードブルを、厨ぼ……キッチンからせっせと運んでくれる。
「美味しそう! これは何?」
「牛ほほ肉と赤ワインのシチューでございます」
牛ほほ肉と…………赤ワイン。
ふわりと立ち昇る芳醇な香りと、赤茶色の水面が胸を刺す。あまりの切なさに、目からも鼻からも、勝手に水が溢れ出した。
「うええっ……えぐっ……うう、ぐええ」
ぼやけた視界の中、悪魔はバンとテーブルを叩き立ち上がる。怯えるシェフを見下ろしながら、苛立たしげに命じた。
「……料理用の一番安いワインを持って来い。今すぐに」
────悪魔はまだ知らなかった。
この愚かな判断が、狂宴の幕開けとなることを。