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4. 燎原

 ゴールはすぐそこだ。


 僕は自分が議事堂通りにいることを確かめて走り続けた。

 都庁議事堂の手前を左に曲がれば、中央公園まではまっすぐだ。


 だがその時、目の前の道路が真っ赤に燃え上がり、溶けて沸騰したアスファルトに行手を阻まれた。

 センサーは人間には致命的な熱を感知した。

 このまま進めば、腕の中の母子に危険が及ぶ。


 見ると、まわりの道路はことごとく割れ、そこかしこから炎が吹き出している。

 安全なのは、巨大クーガーの迫る後方だけ。


「フィールドの外縁部は因果律の歪みがひどいようだ。慎重に進め」

 操縦権(イニシアチブ)の奪還をあきらめたらしいユラが言った。

 僕は重力スケートを後進に切り替えて燃える炎の川から遠ざかり、後ろから迫っていた巨大クーガーの足の間をすり抜けて、甲州街道に出た。


「奴の裏をかいて回り道だ」

「賛成だね」

 巨大クーガーが態勢を整える前に、僕は新宿NSビルのエントランスに飛び込んだ。


 NSビルの内部は巨大な正方形の吹き抜けになっており、そのまわりをフロアが正方形に取り囲み、積み重なっている。

 敵の裏をかくにはどうしたらよいか……


 僕は足の甲に仕込まれた、かぎ爪状のクライミング・クロウを起動した。

 吹き抜けの内壁にクロウを突き立て、母子を抱いたままガラス張りの天井目指して垂直に駆け上る。

 天井まで半分ほど来たところで、突然目の前の内壁が火を吹いた。

 炎の奔流があちこちの窓から吹き出し、溶けた金属が滝となって吹き抜けを流れ落ちていく。


「ユラ、多目的機能弾発射装置(パレッタム)にワイヤーフックをセット」

 頭上の天井近くに、対面の内壁同士を繋ぐブリッジが渡っている。

 僕はワイヤーでそこに登って炎を避けよう考えた。

 だが、パレッタムで使用するある種のオプションは、コクピットからの操作でなければ選択できない。


 ユラはあからさまに挑戦的な姿勢を見せた。

操縦権(イニシアチブ)を返すか?」

「もう返したよ。だからフックをセットして」

 はあ、とユラがため息をつく。

「でも、返しっぱなしにするつもりないだろ。いつでも奪還するつもりだよな。それが出来ることがわかったんだから……」

「……」


 僕はユラの声にかすかな怯えを感じ取った。

「まあ……僕もこんなことが出来るとは思ってなかったけど……仕方ないだろ。出来ちゃったものは。怖がる気持ちもわかるけど……」

 ユラが鼻で笑った。

「怖がる? そんな風に見えるのか? 別に怖いわけじゃない。心配してるんだよ。お前の将来を。考えてみろ。命令に服従しなくなった闘獣機(クーガー)がどういう憂き目に合うか……」


 そこは大体察しがつく。

 恐らく僕は「修理」されるだろう。

 その中身がどんなものになるかは分からない。もしかしたら、念気動格(フレーム)の交換ということになるかもしれない。


 しかし、それは簡単ではない。ボディにしっかり根付いた念気動格(フレーム)は除去して「はい交換」というわけにいかないのだ。念気動格(フレーム)がうまく機能してしているクーガーほどボディへの影響は大きい。

 交換が無理となれば、ボディごと廃棄だ。


 これがユラにとってどれだけ大きい意味を持つことか……

 

「とにかく今は生き延びるのが先決だろ。他のことは後で……」

「じゃあ、その人間をとっとと放り出せ」

 ユラが冷たく言い放った。

「いやだ」

 絶対にいやだ。

「わかってるのか? そんなものを抱えたまま、このフィールドを出られると思ってるのか?」

「やってみる。いや、やる」


 大きな震動がビル全体を揺らした。

 敵クーガーが中に侵入しようとしているのだ。

 炎の勢いも大きくなり、吹き抜けは灼熱地獄になりかけている。


「この狂ったフィールドの中でお前と心中か……」

 ユラのつぶやきと同時に、パレッタムのセレクターが切り替わり、銃口にフックがセットされたことが感知できた。

 付属肢でパレッタムを構え、頭上の通路に狙いを定める。


「ありがとう」


 僕はワイヤーフックを発射した。

 ブリッジの床面を貫通したフックが爪を展開してしっかり固定する。

「行くよ」

 クライミング・クロウを開放し内壁から離れた僕は、ウィンチをフル回転させてブリッジに向かって上昇した。

 再びクロウを起動してブリッジの上に立った次の瞬間……


 ガラスの天井を突き破って、巨大クーガーが吹き抜けに飛び込んできた。

「!」

 迫るかぎ爪を避けて飛びずさると、巨大クーガーはブリッジに落下し、その重みでブリッジをへし折った。

 巨体がブリッジごと吹き抜けを落下してゆく。

 僕は入れ違いにジャンプすると、天井を抜けて屋上に出た。


 腕の中では、母親がしっかりと子供を抱いたまま身動きしない。

 気を失っているのかもしれないが、これ以上、戦闘に付き合わせていたらそのまま目を開けることはないだろう。


 地上に降りて、安全なフィールドの外へ届けなければ……


 見下ろすと、西新宿は地獄の様相だった。

 あちこちで地面がめくれあがり、そこから炎が吹き上がっている。

 溶けたアスファルトは高層ビルの間を流れ、まるでハワイの火山地帯のようだ。


 あまりの光景に呆然とする僕をユラが叱咤した。

「何してる! チャンスだ! フィールドから脱出しろ!」

 三たび、クライミング・クロウを起動。

 僕はNSビルの壁を垂直に駆け下りた。


 新宿中央公園は目の前だった。

 燃えるアスファルトの川は、公園の正常な地面との間で不確定フィールドの周縁部を示している。

 僕は難なくその境界を超えて、公園の木立に近づいていった。


 気を失ったままの母子の体を、そっと木の下に横たえる。

 そこから彼らがどうするか分からないが、少なくとも不確定フィールドの中よりは安全だろう。


「気が済んだか?」

 冷たく問いかけるユラの声に答えようとしたその時……


 有無を言わせぬ力が僕の体をとらえ、不確定フィールドの中に引きずり戻した。


 巨大な手につかまれた僕は、そのまま数十メートルを投げ飛ばされ、都庁本庁舎の壁面に激突した。


 そこで三分が経過した。

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