再会
倫理と地理ができなかった。
まず、根本的に社会科目が嫌なので受験しなくても良い私立医学部も考えたが…やはり、学費、待遇を考えれば国立医学部を受けるのが当然だった。
正直、英語、国語、数学、生物は得意科目で用は社会科目だった。
地理と倫理。
思わぬ落とし穴があるな、と面倒ながらも夏休みに予備校の授業を受けに行ったことがある。
得意科目とは言っても国立、しかも俺が狙うのはT大なので合格ラインとまではいかない。
「その二つに力をかけない。」
合格のポイントと、担当の先生に言われた。
田舎は夏だった。
海が良く見える。遊ぶ場所もない。勉強には適していた。
予備校は電車で30分だったが…
そんな田舎でそこの国立には医学部がないもんだから高校はもちろん予備校内でも有名になった。
実際それに見合う偏差値は取っていたが、合格したわけでもないのに注目されるのは嫌だった。
医学部受験は僕だけではなく、メグミという女の子がいた。
これもまた僕と同じ講座を取っていて、プラス毎日予備校にいた。
友達は他の予備校に行ってるらしい。実際知り合いらしい人はいなかった。
なんで話をするようになったかは覚えていない。
たった二人と言う医学部受験者だからか、あまり人数もいない講座をお互い取っていたからか、まぁわからない。
常に笑顔で、そう見えるだけなのかもだけど、勉強してるときも笑ってて若干気味の悪い子だった。
それで気がついたら二人で地元(といっても彼女の方の)の花火大会を見に行っていた。
なんだか不思議に感じたが…彼女の方から打ち明けてくれた。
やっぱり僕たちは同じ志望校だった。
「ってなところ、その子とは」
ふーん、とケーコはサラダを頬張っていた。
まだ青々しい葉から零れる薄い緑の光が二人が座るオープンテラスを照らしている。
「最近サラダばっかりだね、ダイエットかい?」
別に、と言った様子でケーコはプチトマトをフォークで端に寄せる。
「プチトマト嫌い」
「俺もだ」
二人とも席を立った。
メグミは、ぼくにはなかなか適わなかったがそれでも優秀な女性だった。
かなり努力していたのだろう。直前はまったく寝てない様子で目の下は真っ暗だった。
寝なよ、とはいったが聞くはずもなく笑顔で頑張っていた。
医学部に一年で入れればラッキーだ。
僕はラッキーだった。
そしてメグミはアンラッキーだった。
彼女はもう一年頑張る、決心していた。
僕も彼女ならきっと合格するだろう、そう思えた。
僕は上京した。
ときどき電話で話したり、帰郷したときは会った。
だけど、次の年もメグミはアンラッキーだった。
急いで会いに行った。
メグミは心底落ち込んでいたから慰めようと抱きしめた。
それが、僕たちが永遠に離れなければならない事態を招くことになるなんて思わなかった。
「私もアンタも一回も告白なんてしてない!」
それが最後の言葉だった。そう言えばそうだった。それでもその前の年は抱かせてくれたのにな。
「それで…メグミちゃんはどうしてるの?」
「さあね。たぶん彼女のことだから今年こそどこかしらには受かってるだろう。だけど、もう俺にとっては…昔の人」
手先まで丁寧にブラシで磨く。ケーコはもうビニール手袋をつけ始めている。
メグミとはそれ以来何の連絡もない。僕も3年になりいよいよ単位が危うくなってきたところだ。
「それで今は私に夢中ってわけ?なんてね」
ケーコの冗談半分な台詞にマスクの下からでも伝わるぐらいの失笑を彼女に見せる。
「馬鹿言え。まだ、メグミのことが好きさ」
当代きっての教授の実演講義だった。
これを見たいがゆえに新幹線を使ってまでやってくる奴もいる。
今日も狭い手術室だと言うのに20人も入るらしい。実際さっきまでこの手術準備室は混んでいた。
僕とケーコが入って最後の生徒だった。
偶然の再会。
新幹線ではるばるやってきたのだろうか。
はっきりと彼女は合格を勝ち取ったように微笑んでいた。
どれだけこの場にやって来るのを待ち望んでいたのか。
そして僕に会いに来たに違いない。
そう信じることにした。
僕はメグミに微笑みを返さなかった。
返せなかった。
「これから死体の解剖を始めます」
先生は優しくそして美しくメスを、メグミに向けた。
あとがき
実は生涯初となったこの作品。
初稿(?)は中学校に書いた作文で、これを何度も改稿し、やっと公開できましたw
もっとも意外な再会はなんだろう、と考えていたときに人体模型を見て思いつきました。
でも、かつての恋人が目の前で切り刻まれるのはショックでしょうね(笑)
気に入ってもらえたら嬉しいです。