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ン界周覧ブルーベリーバス  作者: 細井 真蔓
第三話 土砂降りフォーリンスカイ
19/27

その7 追跡

 宿代わりの穴に戻ると、聖が奥の岩壁にもたれて待っていた。

「おつかれさん。どうだった?」

「聞きたいことは聞けたわ」

「泥遊びでもしてきたのか?」

 黒く汚れたつゆの制服を見て、聖が言う。

「これは……、まあ、いろいろあったのよ」

 つゆが言葉を濁すと、朝葉が苦笑いを浮かべる。聖は二人から、集めた情報をかいつまんで聞いた。

「ネろンドね……。つっても、でかい鰻みたいなもんだろ?」

「世の中の生き物を、鰻の仲間とそれ以外に分けたら、ぎりぎり鰻の方でしょうね」

「ふうん。けど、一番気になるのは、上の村長が神様をなんとも思ってねえってとこだよな」

「そうね。神様の威厳を盾に無理やり上の村へ抜けることも考えてたけど、これで難しくなったわ」

「ひじりんの方はどうだったの?」

「ああ……」

 聖は少し考えてから、言った。

「見張りは二、三人いて、石の槍で武装してる。それから……、そうだな、力が強い」

「まさか、闘ったの?」

 つゆが声を張り上げる。

「闘うまでもなく、取り押さえられたよ」

「ちょっと……、怪我はないの?」

「大丈夫だ。けど、まともにやり合わない方がいい相手だってことはわかった」

 聖は起こったことを二人に伝えた。

「結構ピリピリしてるんだね」

「何の警告もなしに襲ってくるなんて……。状況は思ったより悪そうね」

「ああ、いつ戦争がはじまってもおかしくない雰囲気だった」

 三人の間に沈鬱な空気が満ちる。

「ひじりんを解放してくれた人は誰だったの?」

「いや、見分けつかねえし、向こうから来たから、上の村のやつじゃねえかな」

「解放された理由もはっきりしないわね」

「わからないことだらけだね……」

 その時、穴の外に顔を向けていた聖がふとつぶやいた。

「なんか、暗くないか?」

 二人も同時に外を見る。

「ほんとだ。日が暮れてるのかな」

「まだ、四時前よ」

 つゆが腕時計を確認する。雨のベールの向こうに見えていたおろしたての肌着のような純白の空が、少しずつ汚れた色に変わりつつある。

「昼が短いのかしら。あるいは、わたしたちの世界とは時間がずれてるのかも」

「もう動かない方がよさそうだな。こないだの砂漠みたいに、明かりがない可能性もあるんだろ?」

「加熱した食べ物がなかったし、もし外もずっとこんな天気だとしたら、火を起こす習慣がないというのはあり得るわ」

「お湯が欲しかったら、温泉も沸いてるしね」

 聖がぴくりと反応する。

「温泉があるのか?」

「熱湯の源泉よ。熱くて入れないわ」

「なんだよ、風呂入れると思ったのに」

 聖が思い切り身体を伸ばし、首を回す。その姿を見て、朝葉も同調する。

「どこかでいい感じの温度に調節して、大浴場作ってないかな?」

「あり得ないことはないけど……、ここの村人たちと一緒にお風呂に入るの?」

「あたしは別に構わねえけどな」

「わたしも、大丈夫だけど」

「おまえはむしろ村人だろ」

「え、そっちサイド?」

「鏡見てみろよ」

「うそ、マジ……?」

 朝葉が自分の顔をぺたぺたと触る。二人の軽口を、つゆは冷たい顔で聞き流す。

「わたしは、遠慮しておくわ」

「えーっ、お風呂行こうよ。話もできるし、人間と変わんないって」

「人間だろうと何だろうと、知らない人と一緒にお風呂に入るのが嫌なだけよ」

「わかったわかった。つゆ、行かねえよ。だいたいあるかもわかんねえし。けど、濡れたままの身体で寝て、風邪引かねえかな」

「でもこの穴の中、あったかいよね」

 朝葉の言葉に、つゆが穴の奥を見つめる。そのまま壁に歩み寄り、ゆっくりと手を当てた。ほのかな熱が、手のひらを伝わってくる。

「そっか……。そうよ、あたたかいんだわ。壁の中に、温泉が流れてるのよ。だから、壁全体があたたまって、洞窟内の温度が上がってるんだわ」

「そういや、さっき壁にもたれてた時もなんとなくあったかかったな」

「てことは、制服も壁際に干しといた方が乾くよね」

 三人は再び濡れた物を取り出し、縄に掛けたり、地面に広げたりして乾かした。そうしている間にも、外はみるみる暗くなっていく。

「なんか、こうやって持ち物並べると、旅行に来たみたいだね」

「あとは寝るところがあればいいんだけど」

「ああ、それなら」

 聖が岩影から山のような草の束を抱えてきた。

「おまえらが戻ってくる前に、村の人が持ってきたぞ」

「さっきの草の座布団だ!」

 草の山をきっちり三等分にし、簡易的な寝床を設える。中央に聖、その左右に朝葉とつゆの寝床が並ぶ。

「うん、いいじゃん」

 朝葉がさっそく寝心地を確認する。

「ビロードみたいな手触りね」

「葉っぱ自体に厚みがあるんだな」

「低反発マットって感じ」

 一枚が人間の[[rb:脛 > すね]]ほどもある幅広い楕円形の葉を何枚も重ねて、弾力のある敷布団ができあがった。聖も頭の後ろに組んだ指を枕代わりに寝転がる。つゆはまだ座ったままだ。

「地面も少しあたたかいわ」

 つゆが岩の床に手を当てる。

「床暖房まであるなんて、結構贅沢な村だな」

「岩盤浴してるみたい。半分裸だし」

 朝葉が剥き出しの地面にごろごろと転がっていく。

「そういや、中学ん時の修学旅行で岩盤浴行ったよな。おまえと、タマと、三人で」

「行ったねー。怒られたけど」

「マジで怒られたよな」

「うん、死ぬほど怒られた」

「タマは半泣きだったな」

「たまちゃんは、ひじりんが無理やり連れてくから」

「だってつゆが来ねえって言うから、代わりに」

「行くわけないでしょ、たった三十分のお土産買う時間だったのよ」

「姫も行こ。今度はいっしょに」

 暗闇が浸しつつある、何もない岩の天井を、つゆはぼんやりと見つめる。天井を伝った雨のひとしずくが、つゆの頬をかすめて、ぽたりと落ちた。

「そうね……。なんとしても、帰らなきゃ」

「ああ」

 しばらく、三人とも黙っていた。雨音だけが、暗い洞窟内に積もっていく。

 雨はやはり止む気配もなかった。洪水が起こりそうな降水量だが、段々の地形のおかげで、降った雨は下層に流れ落ちていくだけだ。洞窟も入口付近がやや傾斜して掘られているため、雨水が入り込む様子もない。

「明日はどうしようか?」

 沈黙を破って、朝葉がつぶやく。

「塞がれてる道とやらを、どうにかして通れねえかな」

「そうね。市井さんが見てきた道が通れない以上、他のルートを探すしかないわね」

「バス停の場所なら任しといて」

「今のところ、こっちの村に好戦的な素振りはないから、上の村も油断してるかもしれないわ」

「あたしらと違って、塞がれてる道を無理やり通る必要もないわけだしな。どっかに抜けがあるかも」

 聖の頬に、打ちつけられた岩の冷たさが、真新しくよみがえる。

 聖は思う。自分はきっと、ある程度なら耐えられる。兄と弟、ケンカ早い二人の男兄弟のおかげで、多少の乱暴には慣れている。しかし、二人はそうじゃない。同じ仕打ちを与えさせるわけにはいかない。

「もし上の村に入れたとしてさ、バス停まではどうやっていくつもり? すぐ捕まっちゃうんじゃない?」

「武装してない村人は、そんなにすぐ襲ってこないんじゃないかしら。見張りの目さえかいくぐれれば、望みはあるわ」

「それなら、夜に行くってのはどう? 闇にまぎれて」

「ただでさえよくわかんねえ土地だし、真っ暗闇で動くのは危険じゃねえか? 足踏み外して、空に落ちたら終わりだぞ」

「言えてる……」

 三人はそれからしばらくの間、この世界からの脱出方法や、他愛ない思い出話などに耽っていたが、やがて口数も少なくなり、一人また一人と眠りに落ちていった。


 頭のすぐそばで聞こえる物音と、何かの気配で、つゆは目を覚ました。

 辺りはまだ完全に闇が浸している。二人は眠っているようだ。隣に寝た聖の輪郭が、闇の中でほんのわずかに判別できる。

 洞窟の入口が、凝視すればようやく見分けられるほどの微妙な闇の濃淡で描き出されている。その色合いの中で、何かの影が動いたように見えた。

「……誰?」

 囁くような声で問いかける。しかし、影はもう見えない。

 つゆは慌ててスマホを探す。明かりがなければ、身動きが取れない。乾かすためにハンカチの上に広げていた持ち物を手探りで漁る。

「どうした……?」

 聖が目を覚ました。半分眠ったままで、首だけ持ち上げる。

「誰かいたみたい。出ていくのが見えたわ」

「なんだって?」

 聖も起き上がる。入口を見るが、何も見えない。

「スマホがないの。ここに置いておいたはずなのに」

「待ってろ」

 聖は自分のリュックサックを探し、ビニールに包んだスマホを取り出す。朝葉がもぞもぞと寝返りを打つ。

「見えるか?」

 ビニールを剥ぎ取ったスマホのライトで、つゆの手元を照らす。

「やっぱり、ないわ……。スマホだけなくなってる。盗られたんだわ」

「なんでスマホだけ……」

「わからない……」

「追いかけるぞ」

「ごめん……」

「つゆのせいじゃねえだろ」

「高羽さんは、どうする?」

「一人にすんのも危ねえし……、おい、起きろ、朝葉」

 ほとんどつぶったままの目で首だけ回しながら、朝葉が上半身を起こす。

「なに……、どしたの」

「大事なもんだけまとめて、出るぞ。スマホはライト点けれるようにしとけ」

「なになに……、なにごと?」

 そう言いながらも、言われた通りに荷物をまとめる。つゆと聖は、いつでも出る準備ができている。

「行こう。暗いから、はぐれないように気をつけろ」


 穴を出て、聖と朝葉のスマホでそれぞれ辺りを照らす。光は数メートルほどしか届かなかったが、動き回る分には充分だった。

「あっちは確か行き止まりだよ」

「じゃあこっちだな」

「暗いと、昼間とは全然別の場所みたいね」

「あいつらは、真っ暗でも見えてるのか?」

「きっと夜目が効くんだわ」

 しばらく一本道を走ると、前方で何かがスマホの光を反射した。それは二つ並んだ小さな丸い点だったが、すぐに見えなくなった。

「目だよね、今の」

「ああ、追うぞ」

 三人は光の反射した方を目指して進む。しばらく行くと、再び同じ光の反射が見えた。

「まただ」

「目が二つ見えるってことは、こっちに顔を向けて立ってるのかしら」

「え、なんで……? 怖い」

「誘ってんのか?」

「注意した方がよさそうね」

 囁き声で会話しながら、三人は何者かの後を追う。

 それからも何度か同じ光が現れては追いかけるというパターンを繰り返しながら、暗闇の中を進んでいくと、ふいに聖が二人を制止した。

「ちょっと待て。ここは……」

 ライトで辺りを照らすと、細くなった道と蔓草に覆われた壁面が見えた。照らし出された黒い実がまぶしい光を反射する。

「昼間、あたしが捕まった場所だ」

 二人分のライトが、道の奥、滝の裏を照らす。もはや見慣れた蛸のような生物が、三人と向かい合って立っているのが照らし出される。その手に、つゆのスマホが握られている。

「おい……!」

 叫びかけた聖を、朝葉が止める。

 朝葉は、立ちはだかった何者かをじっと見据えて、言った。

「ヌパヅノさん……」

「は?」

「なんで……」

 ヌパヅノと呼ばれた村人は、弱々しい光の中で、身動きもせずこちらを見つめていた。

 

 

 

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