SNSで自殺をほのめかしているのが、クラスの女子だと分かったから
「死にたい」
どこにでもあるネットの呟き。たいていは反応もされず、完全に無視されてネットの大海に沈んでいく。ネガティブな言葉を匿名で呟いても見向きもされないことに、自分自身の価値のなさを理解させられる行為。
僕が、このアカウントに興味を持ったのは、偶然だった。彼女が落としたスマホを拾ったときに、偶然、そのアカウントの通知が出ていたから。
好奇心に負けた僕は、クラスの女子はどんな匿名の恥ずかしいポエムを流しているのかな、と見に行ってしまった。
鬱だった。
どう考えても、見ない方が良かった。
要するに、JKなのに需要がない、モテない、彼氏もいない、告白されたことない、誰も愛してくれない、などなど。そして、ときおり、もういっそ死にたい、誰でもいいから卒業しようかな、わたしの写真でも見せようかな、反応ないの寂しい、わたし価値ないのかな、学校しんどい、何か楽しいことってないの。
思った以上に愛に飢えているようだった。普段、あんなにクールなのに、SNSではかまってちゃんだった。メンヘラの悪循環にハマっているようだった。もうSNSとかやめればいいのに、思うぐらい。
僕には、メンヘラにかまってやれるほどの精神力も包容力もない。めんどくさい女には関わらない。まさか、もっとクールでミステリアスでドライでサバサバだと思っていたのに、親しくなるとベタベタデレデレになるタイプだったとは。
しかし。
まぁ、今日、僕は彼女に会いに行く。
「明日、××駅で、赤い帽子と青のカーディガン、黒のスカートで、銅像前立っています。見つけてくれるかな。これで終わりにします。生きてても幽霊なのかも……」
まぁ、まさか自殺とかしないと思うけど、後味が悪くなるのは最悪だ。なんだかんだ、SNSをチェックしてしまう自分がいるんだし。
たかが、こんなことで自殺していたら、命がいくつあっても足りない。人生の残機は、一つしかないんだ。ループものでもなければ。
「ーーさん、奇遇だね。こんなところでどうしたの」
まさか、自殺ほのめかしSNSを見てやってきたなんて言わない。あくまで偶然出会ったふうをよそおう。深く関わったりはしない。精神的に病んでいると関わるとこっちまで病むから。
「待ち合わせ」
「へ、へぇ。誰と」
「友達」
「何時なの。時間あるなら、喫茶店でも行かない。ちょうど、僕、暇になったところなんだ。友達に約束ドタキャンされてさ」
かなり無理やりゴリ押しだけど、いいだろう。待ち合わせ中なのに、喫茶店に誘うという意味不明な行動。
「ご、ごめんなさい。嬉しいけど、また今度ね」
「あっ、そう。じゃあ、僕も待ってよう。ちょっと缶コーヒー買ってくるよ」
はっはっは、無理を通せば道理は引っ込む。相手が断る可能性を考えて、言いたいことを言ってから、距離を取る。なんて卑劣な男なんだ、僕は。
ホットコーヒーを二つ買って、彼女に一つ渡して、彼女の横に並ぶ。
「待ち合わせ相手って、可愛い子。もしかして彼氏。モテそうだしなぁ」
僕は軽薄なナンパ男。そう、俺は、軽薄な、人畜無害を装っていた実はできる系男子。そう思っておこう。
「ええっと……」
「言いたくない。パパ活はダメだよ」
「してないから。失礼。わたし、そんなふうに見られてたの」
「いや、真面目な堅物キャラ。クール系お近づきづらい女子」
「あなたは、もう少し真面目な人だと思ってた」
「人は誰でも仮面をかぶってるんだよ。家の中での自分、学校での自分、部活での自分、地元の友達での自分、バイトでの自分、ネットでの自分」
「そう、よね。誰でも」
「間違った仮面をかぶると大変だぞ」
キャラ付けっていうのは、しんどいんだよ。
というか、これ、説得方向あってるのか。わかんねー。
とりあえず、どうせ待ち人は来ないし、ゲームしよ。
「……ゲームって。高校生にもなって」
うるせっ。男子はいつだって少年の心を忘れないんだよ。思春期の欲求ネット垂れ流しJKに言われたくない。
この盤面を今のうちにクリアしておきたい。かまってちゃん系女子とは、そこまでかまってあげない。泥沼のように時間を吸い尽くされそうだし。恋愛は、青春の優先度3位ぐらいだ。
「そういえば、宿題やった?」
「やってないの。ーーさん」
「やったけど。で、どうなの?」
「やってる」
「そう」
話題作り下手か。宿題。まぁ、共通のネタとしてはいいけど。テストの難しかったところとか、面白い問題とか、ネタとしては定番だが。
だいたい、かまってアピールも下手すぎるし。複雑なお年頃で。
「来ないな。すっぽかされたのか」
「そうかも」
「じゃあ、暇だな。よし、デートに行くぞ」
俺、完璧に、変人だけど。もういい。
いちいち、やってられるか。俺は、軽薄で自己中だからな。絶望的に不慣れでも、まぁ、やっているうちに楽しくなるか。
「ちょっと、どこ行くのっ」
「高尾山」
ちょうどこの駅から行けそうだし。
「はい?」
「デートといえば、山だろう。ああ、筑波山も行こうな、予定空けといていくれ」
デートのときに、次のデートの約束をしとおくのが鉄則。山はいくらでもあるからな。
山に登っていれば、だいたいかまってちゃん的な面倒に関わらないで済むだろうし。身体を動かしているからな。変な体力も尽きるさ。
「わたし、山ガールじゃないんだけど」
「安心しろ。俺もアニメで学んだぐらいしか知識はない。いつか富士山に登りに行こうな」
「意味不明。最近の少女漫画みたいに強引すぎじゃない」
「なんだ、カレシでもいたか。いないから、山登りぐらいいいだろう」
「はぁ、変なのに、捕まった」
とりあえず、やれることはやった。俺くん。
無茶苦茶に間違ったような気もするけど。
「なんだか、意味不明なことに巻き込まれました。強引な男子に、メチャクチャにされた」
誤解をまねきそうな書き込みをするな。どうせ誰にも見られてないだろうけど。
「水着も持ってないのに、その前にトレッキングシューズが必要になりそう。男子、意味不明。珍事」
まぁ、うまくいくものだな。
多少、強引でも。
あっーー、いいねを押してしまった。あれー、これは、イヤイヤバレないか。僕のアカウントだって知らないだろうし。
うっ、フォローされた。ブロックはするわけにもいかないし。
「水着、見たいなぁ。なんちゃって。クツも悪くないけど」
よし、俺は、変態紳士になっておこう。
ネット上の危ないおじさん。さっそく返信。
早く、フォロー解除して、変態野郎をブロックするんだ。
ん、DM、なぜにダイレクトなメッセージが。
スク水自撮り写真が飛んできた。
やばい。やっぱり、関わってはいけない。かまってちゃんは危険なんだ。
「なにしてるの。あなた。バレバレなんだけど」
ああ、富士の樹海に行きたい気分になってきた。
「まぁ、なんとなく人のSNSを覗き見してきそうと思ったから、病んでる感じのツイートしまくってみただけなんだけど」
「釣られた。完全に釣られたっ!!」
「優しいんだね、思ったより。でも、いきなり山に登ることになるとは思ってなかった」
「純真な男子の心を弄びやがって」
「いいじゃない。スク水写真見せてあげたし」
「なんで、僕、こんな女子が裏で病んでるなんて妄想してたんだ」
「あっ、山は登ろうね。登ってみたいし」
「へーい」