03命と心
「ひゃっひゃっひゃ、そうかお前さんはただのバカか」
手で目を覆い肩で笑うボトムズ。
失礼なじいさんだ。
指をさすな指を。
「そりゃ生きてるって言わねぇよ。死んでねぇだけだ」
手の隙間から見える目は、まるで心を覗き見るように僕に向けられる。
「取り消してよ! 僕はちゃんと生きてる!」
「いーや、生きてねぇよ」
「僕に手足がないから、いじわるを言うの!?」
僕の人生を否定するボトムズに心底いらだった。
胸の奥がキリキリと痛む、こんなことは初めてだ。
違う。
「見世物だからいじめるの!?」
違う。
じいさんの色は罵倒でも嘲笑でも嫌悪でも同情でもない。
僕の知らない色。
まっすぐで淀みのない本当のことを言っているような色だ。
「教えてよ。僕のなにが死んでいるのさ」
「ん? えっ、あー……よくわからんが、お前さんは飯を食ってクソをするだけだろ? それも言われるがままに。ワシから見れば死人とそう変わらん。なされるがままに腐って土へ帰るだけだ。似てるだろ?」
結局のところ、ボトムズは自分でも理解していないんだ。なんとなく自分の価値観にそぐわないから否定しただけ、適当、無責任、いいかげん。
そんな形を成していない価値観。
でも、僕の心の奥に住みついてしまった。
妙に納得してしまった。
理解してしまった。
僕は生きているけど死んでいるのと変わらない。
そう、まさに死んでいないだけ。
食べるために差し出してしまったから。
生きるために殺してしまったから。
心を。
なにも求めず、死なない選択をしてきただけ。
僕が死んでもなにも残らない。
死ぬときは悲しみと後悔と恐怖に襲われるだけ。
いい人生だったと思うことは決してないだろう。
『生きて』に答えたと胸を張れない。
「おい、大丈夫か? その、すまんかったな。帰るわ」
ボトムズは至極残念そうに踵を返す。
彼の目的はわからないが、同情の色を僕に向けたボトムズはきっと生きる方法を知っているはずだ。
奴隷の風体をしたじいさんなのにちゃんと『生きている』から。
ここで動かなきゃ本当に死んでしまう。
生きるんだ。
心を生かすんだ。
生きるために命を賭けるんだ。
「どうしたらいいの?」
生きることに慣れていない心が初めて欲した。
絞り出すようにかき集めてようやく形になった言葉。
「ん、知らん。だが……そうだな、鍵は開けておいてやる」
なれた手付きで檻の錠をいじくりまわす。僕の心をかき乱し目を覚まさせたように。錠も役割を忘れ自由を求める。
カチャ――と音が鳴った。
「じゃあな」
急に現れ、雑に問い、否定し、手助けした男は腰を曲げたままさっていった。
どうする?
この機を逃しても、ステージに立つときには枷を外される。つまり逃げる機会はまだあるということ。
急いで逃げる必要はない、計画も準備もなしに事を始めなくてもいい。
ダメだ。
この思考はダメ。
だらだらと命を繋ぐだけ、これまでと変わらない死人の発想。
正解は今、計画し準備し、実行することだ。
障害は三つ。
役立たずの身体。
閉ざされた扉。
奴隷商人。
奴隷商人の行動パターンはある程度読めるが見つかれば死。
唯一外に繋がる扉は、内側から開けられないように鍵がかけられている。
手足が欠損した身体では左腕でノソノソと這いずるしかできない。
時間がない。チンがヤンを呼んで戻ってくるまでに考えなくちゃ。幸いふたつ隣の部屋でなにか起きたらしくなかなか戻ってこないようだから。
考えろ。考えるんだ。