01見世物小屋と三肢のない奴隷
「ガハハハ! ナメクジみたいに這っているぞ」
僕がステージを這いまわると客席から嬉々として声があがる。
品の無い嘲笑が見世物小屋の喧騒へと変わり、ステージにいる僕に纏わりつく。
「ひっひっひ! 世の中には奇妙なやつがいるもんだな!」
観客たちは両脚と右腕がない僕を観るのが好きらしい。
誰もが当たり前にできることすらできない僕を観て客たちは喜びの色を増す。
いつもの光景だ。
僕の手足が無いように罵倒も嘲笑も嫌悪も僕の心に住みつくことはない。
生きるためならなんだっていい。どうだっていい。
仮面をつけた大人たちが客席から子供の僕を見下ろす光景は、世界の残酷さをそのまま形にしているようだ。
僕に罵倒をぶつける客たちは『職業』を持っていて、僕は『無職』。
仕事をしているとかしていないとかそう言う話じゃない。
生まれたときに神様に与えられたかの話。
生きる価値があるかないかの話。
そんなことを考えながらも感情の色を読み、客の喜ぶ動きをする。
すると罵倒が銅貨に、嘲笑が銀貨に姿を変え見世物小屋を飛び交う。
とんでは落ち、底辺にいるのは僕だと言わんばかりに放物線の最下点で僕にぶつかる。
痛い。
「へっへっへ、今日も大儲けぞい」
ヨダレを垂らしながら硬貨を広い集める奴隷商人ヤンは僕の飼い主だ。
『無職』の僕は当然奴隷となり、買ったのがヤン。それだけの関係。
僕に投げつけられた感情は硬貨へ変わり、硬貨のごく一部は固いパンに変わり、僕の命の一部となる。
感情を硬貨に変えるのが僕。
硬貨からパンへ変換してくれるのがヤン。
そんな関係。
それにしても今日は客が多い。
いつもの倍、百人はいる。
あれ? ひとりだけ喜びの色をしてない人がいる。
ギョロ目のじいさんだ。
ぼろ布を身に纏い雑に切られた顎髭をさわっているじいさん。どちらかといえば客席側ではなくステージ側にいそうな風体だ。
腰の曲がったじいさんは疑問と興味の色で僕を見ている。
左腕しかない僕の姿を観た人は、最初こそじいさんと同じ色をしているけれど、僕がひとたび芸を始めると喜びの色に変わるんだけどなぁ。
「さぁて! 本日のスペシャルイベント、奴隷同士の心温まる殴り合いぞい!」
頬を赤らめ恍惚とした表情のヤンは司会としてショーを進行する。
そうだ、今日は別の奴隷と共演するんだ。
片腕しかない僕が泣き出すまで殴られるってシナリオ。
当たりどころには気をつけないとな。
生きるために。
「それでは登場ぞい! 奴隷ロー!」
ローと呼ばれた奴隷は舞台袖からヨロヨロと現れ、コケた。
枝のような腕と脚では自重を支えきれなかったのだろう。
それでも僕の身体に比べればましだけど。
「さぁハルクを殴るんだロー」
喧騒に書き消されるように小声で指示するヤン。
意を決したようにローが僕を見据え細い腕を振り上げるが、ストンと力なくおろされた。
「できない……」
ローに浮かんでいるのは同情の色。
ローはきっといいやつなんだろう。
でもバカだ。
僕を殴らなきゃヤンに殺されるぞ。
仕方ない。
「ねぇロー」
「なんだいハルク」
「親に捨てられたんだって? そりゃいらないよね。ローみたいな飯を食う棒切れはいない方がましだもんね」
「ちがっ」
「ほら、殴ってみたら? そんなこともできないの? だから捨てられるんだ」
同情の色はみるみる怒りの色へと変わり、再び振り上げられた腕はなにもできない僕を嘲笑うかのように無抵抗の僕へと何度も振り下ろされた。
それでいい。狙い通り客席から湧き出た感情が硬貨になったから。
興奮したヤンが僕を蹴り始めたのは予想外だった。
血を吐くまで僕の頭はボールで遊ぶみたいになんども蹴られた。
でも今日も生き残った。