蘇る記憶の一幕
サンは魔獣が消えた村を見渡した。完全に気配は消えており、撤退したということがわかる。
隣にいたシェイクが息を弾ませながら、嬉しそうに叫んだ。
「やった!! あいつら、恐れをなして逃げ出したんだ!」
「……」
サンはあの魔獣を最初に見た森に視線を向ける。そこには黒い霧のようなものが立ち込めており、間違いなくそれが奴らのアジトということだろう。
そしてそこの森でアイスと離れ離れになったのだ。
「シェイク、アイスはどこだ? 森で逸れちゃったんだけど……」
「私ならここよ」
背後から足音がするのと同時に聴き慣れた声が、サンの耳に入ってくる。振り返る前から誰なのかはお見通しだ。
そこにいたのは普段は綺麗にまとめている金髪を血で汚し、ナイフを持ったアイスだった。
逸れた時よりもみすぼらしい見た目になってしまっている。恐らくだが、村のために戦っていたのだろう。
そんなアイスの登場により、村に隠れていた一般の人たちが次々と姿を表す。この村にこんなに人がいたのかと、サンは軽く驚く。
中心には村長がおり、サンを見るなり頭を下げてきた。
「ありがとうございました。我々を助けていただいて……」
白髪混じりの茶髪に細々とした体型のその村長は、その姿勢だとより小さく見えてしまう。
サンは慌てて村長に頭を上げさせる。
「べ、別にお気遣いなく……」
「ねぇ、村長さん! 僕は?」
シェイクは村長に自身の存在をアピールする。村長に戦ってた自分を褒めて欲しいのだろう。
そんな姿は実に年相応だ。実際、シェイクは歳のわりにはよく戦っていた。この村の住民は子供でさえもこれほどの強さがあるのだから、かなりの戦闘民族のようだ。
「はい、はい。よく頑張りましたね、シェイク君」
「えへへ〜」
褒められたシェイクはとても嬉しそうだ。思ったよりも単純なのかもしれない。
それよりもサンは少しアイスに言いたいことがあった。魔獣の群れが降ってきた途端に、さっさととんずらをこいたアイスだ。別に置き去りにされたことを拗ねているとか、怒っているとか、そんな子供ぽい理由では断じてない。
しかし、欲を言うなら一言言ってから逃げて欲しかったものだ。
「なんであの時に俺を置いて逃げんだよ?」
「仕方なかったの、魔獣のことを早く村長に伝えたかったし、2人で別々の方向に逃げた方が、生存率が上昇すると思わない?」
「思ったよりもずっと現実的な理由……。まぁ、無事で良かったけど……」
たしかに二手に分かれた方が生存率が上昇するのは事実だ。追ってくる敵の数も必然的に減らすことができるし、一人で逃げる方が小回りも効く。
しかしサンを追いかけてきていた魔獣たちはあの場にいた全ての魔獣たちに見えた。
あれではどう見てもサンの方に偏りすぎだ。
「でもあいつらは、俺を真っ先に狙ってきたぞ」
「それはきっと貴方の魔力が高いからよ。魔獣は魔力が高い生き物の方を率先して狙うの。私はそこまで高くないから」
「ふーん」
サンは鉱石のことや武器のことに関しての知識はあるのに、魔獣に関しては知らないことが多い。と、いうかほぼ知らないというのが正解だ。
もしかしたらサンが昔いた場所には魔獣が生息していなかったのかもしれない。妙に既視感がない生き物なわけだ。
サンが思考を巡らしている間にも村人たちは、復旧作業に取り掛かっている。
辺りに並び立っていた木製の家はバラバラに崩れ、中にはその下敷きになった人もいる。
魔獣は家の中にも入り込んできたらしい。いったい奴らの目的はなんなのか謎深まるばかりだ。
村長は生き残った衛兵たちに何かを話している。遠すぎて声は聞き取れないが、もしかしたら討伐の作戦を立てているのかもしれない。
サンはその会話に参加してみたい衝動から、村長の話を聞きに行こうとした。しかし突然、シェイクに服の裾を掴まれる。アイスも怪我人の治療に行ってしまったので、広場に残っているのはサンとシェイクだけだ。
「お前、ちょっとこっちこいよ」
シェイクはサンの裾を引っ張りながらも、ズンズンと村とは逆方向に歩いて行ってしまう。
振り解くことは簡単だが、話を断る理由もない。サンはシェイクの言葉に従った。シェイクは村の入り口まで来ると、サッと崩壊していない衛兵詰所の裏に隠れた。
よって村人からは一切話を聞かれない秘密を話すのにもってこいな、場所が出来上がる。
シェイクがそこに座り込んだので、釣られてサンも地べたに体育座りの姿勢で座った。
「俺とお前であの魔獣を討伐しに行くぞ!」
そしてサンに向かって威勢のいい言葉を投げかける。その姿は魔獣捜査に行こうと言った時のアイスにそっくりだった。さすが血の繋がった姉弟なだけはあると、思い知らされる。
「でも、村長が子供二人で行くのを許してくれるはずがないだろ?」
シェイクの性格的に話の内容は予測できたが、いくらなんでも子供が二人だけで行くなんて無茶だ。
サンはシェイクの意見には否定的だった。しかしシェイクは頑固な子だ。こんなことで考えを改める訳もなかった。
「だから、こっそり行くんだよ。そうすれば村長には止められないし、倒したあとの僕たちは英雄扱いだぞ!」
「えーーいゆーーう?」
えいゆう。英雄。その言葉はひどく懐かしい。何故だがは分からないが、胸の奥が熱くなってくる。
その瞬間、サンの目の前にある光景がフラッシュバックする。そこはどこまでも広がる雪景色だった。辺り一面に雪が降り積もっており、膝のところまで雪があった。
足には人影がかかっている。誰かが目の前にいるのだ。サンはハッとして、前にいる人影を見る。
そこにいたのは銀髪のショートを青いリボンで簡素にまとめ上げた少女だった。年はサンと同い年ぐらいの14、15ぐらいに見える。
深海のような青い瞳が吸い込まれるような輝きを放っている。フードを深く被っており、顔をよく確認することはできなかった。
記憶にはない。ただこの少女は自分にとって、大事な誰かだったはずだ。
少女はその桃色の口から音をつむぐ。世界のどこにいても見える"世界樹"に目を向けながら。
「もうすぐだね、僕たちの目的は……」
「……」
「なんだよ? もしかして、忘れちゃったのか? だったら何度でも教えてあげるよーー」
少女は雪の中だというのに、平然と此方に歩いてくる。手を伸ばせばすぐ触れられる距離だ。しかしこれは思い出の中。こちらからはなんのアクションも起こすことができない。
そこでサンの意識は現実に引き戻された。異様に心臓の音が早いし、頭痛もする。これは単に体調が悪いわけではなく、精神的な問題だろう。
話の途中でそんな様子を見せたサンを不思議に思ったのか、シェイクがサンを心配してくる。
「おい、サン!? お前、きちんと話を聞いてんのか? こっちは真面目な話をしてるんだぞ」
「あ、あぁ。 悪い、ちょっとぼーっとしてただけだ……」
サンは地べたに座りながらも、視界の端に映り込む世界樹に手を伸ばした。
距離が離れすぎているせいで、まるで手の中に世界樹があるみたいだ。やはりサンの記憶の手がかりは世界樹にあるのだ。
「そこに行けば、君はいるのか? ハート……」
サンは無意識にその少女の名前を呼んでいた。しかしその名前を口に出したことには本人であるサン自身も気づかない。それは無意識に発せられた言葉だった。