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脅かされる仮初の平穏

 次の日、サンは近くの農場にある鶏のめざましによって、目を覚ました。窓から外を見るとまだ太陽が出るか出ないかと、いった時間だ。

 サンはなぜか寝付きも寝起きも抜群にいい。枕に頭をつければ、秒で寝ることができる。また、一度目を開けばすっきりと目が覚めるといった具合だ。

  

 なのでサンは寝起きにも関わらず、覚醒状態だ。サンはベットに腰掛けたまま、昨日まで機械が取り付けられていたベルトをさする。昨日まであったはずの機械が無くなっている。

 あとからあたりを探してみたが、見つかることはなかった。もしかしたらあの黒い生き物が持っていってしまったのかもしれない。アレが何かは分からないが、少なくともサンにとって重要な者であることはわかる。諦めて家に帰ると、アイスたちは寝ていたのであの生物に関して聞くことができなかった。


 今日の昼頃にはアイスたちも仕事がひと段落し、暇になるはずである。その時にあの生物に関して聞けばいいだろうとサンは考える。考えがまとまったところでベットの上からすぐに立ち上がり、下の階に向かう。


***

 

 下の階からはサクサクと野菜を切る音がし、すでに誰かが起きていることが確認出来る。

 自分でもかなり早く起きた方だとは思ったが、サンはまだまだであったらしい。ただメシぐらいというのもアレなので、ご飯でも作ろと思っていたのだが予定が狂ってしまった。

 

「あ、サン! 起きるの早いね。シェイクにも見習ってほしいわ!」


 居間に降りてきたサンに対して、最初に言葉を浴びせたのはアイスだ。包丁を扱っているため、こちらに顔は向けていない。むしろ危ないので、それでいい。

 どうやら食事はもうすぐ完成しそうだ。彼女は朝食を作ったらすぐに仕事に出て行ってしまうそうなので、急いで作っているのだろう。見ているだけなのも申し訳ないので、サンは手伝いがないかを彼女に尋ねる。


「見てるのもあれだからさ、なんか俺に手伝えることとかない?」 


「んー、手伝えることか〜。あ、じゃあ水をくみに行ってほしいかも。汲んでくる場所はこの近くの大きな湖よ」


 野菜を切り終わり、こちらに目を向けたアイスは台所の隅に置かれていた木製のバケツを指さした。サンが目覚めた時にアイスが持っていたバケツと同じバケツだ。 

 アイスはそこから汲んできた水をよく料理や植物の水撒きに使っている。湖は近いが、何度も往復しなければいけないため、かなり大変な作業だろう。サンは仕事が割り当てられてホッとした。


「わかった。すぐに水をくんでくるよ」


「うん、お願い」


 サンはバケツを手で軽々と持ち上げると、家から出る。湖はここから見てもわかるほどだ。迷う心配もない。


 サンはその後、朝食が出来上がる前にできるだけの水を往復で運んだ。運んできた水は家の前にある大きな桶の中に注ぐのだ。何百回、往復したのかもうわからない。 

 ただ桶から水が溢れ出し始めているので、そろそろやめた方がいいかもしれない。この体はかなり鍛えてあるようだ。水がたっぷり入ったバケツを重いとも感じなかったし、往復しても疲れることはなかった。

 

 お陰で作業をスムーズにこなすことができた。サンは達成感を得ると同時に家の中に入った。さっきまで寝ていたはずのシェイクも昨日と同じように食器の準備をしており、眠たそうな目をしている。

 そしてサンの顔を見るなり、悪態をついた。


「早いぞ、何やってたんだよ!! 水をくんでくるのに、もう参っちまったのか?」


 シェイクはどうやらサンの帰宅が早いことに驚いているらしい。時間は計っていないが、そんなに早く帰ってきたのかは疑問だ。

 そんなサンを見るなり、アイスが駆け寄ってくる。


「どう、大変だったでしょ?」


「うん。でも、全部終わらしといたからこれでしばらくは水汲みをする必要がないよね」


「「!!」」


「? どうしたの?」


 全部という言葉を聞いた途端に2人が同じタイミングで驚く。そのあまりのシンクロさにさすが姉弟だと思ってしまう。一体、2人は何に驚いているのだろう。


「全部って……。桶をいっぱいしたってこと?」


 あり得ないという表情をし、サンに疑問を投げかけるアイス。そんなアイスにサンは首を縦に振った。


「そんなの信じられない!! あなたが出て行ってからまだ5分ぐらいしか経ったないのに……」


 と、超人的なサンに驚きを見せるアイスであった。


***


 その後もひたすら雑務をこなしていたが、どれもあっという間に終わってしまった。

 暇になった時間は村の者たちとの交流に使った。可能性は薄いが、もしかしたら自分の正体を知っている人がいるかもしれないという希望をかすかに抱いたのだ。

 もちろんそのことに対する収穫はなかったが、お陰で最初にサンを警戒していた人たちとも仲良くなることができた。

 それだけでも昼の収穫はあるといえよう。


 そして現在、サンはアイスと一緒に買い物に来ていた。どうやら食料の荷物持ちをしてほしいらしい。 

 売店の前には高沢の果物が並んでいる。それぞれの果物の前には手書きで種類名が記載されている。

 記憶を失った自分だったが、文字の読み書きは忘れていないらしい。スラスラと読むことができた。


 買い物をするアイスを見ながら、サンは背筋にゾワっとした感覚を覚えたのを感じ、背後を振り返る。

 しかしそこには誰もいない。いるのは村の幼い子供たちだけだ。まるで監視されているような嫌な視線だった。これは昨日、味わったことがある。あの黒い生物を見たときに感じた感触と同じだ。そういえばすっかり聞くのを忘れていた。

 サンは目の前を歩いているアイスに声をかけた。


「あのさ、アイス?」


「ん?」


「なんか、この森の付近で変な生き物を見たことはない?」


「変な生き物?」


「そう、まるでーー」

 

 サンは昨日の夜の出来事を回想しながら、生物の特徴を思い出そうとする。特徴といっても、原型が確認できなかったので抽象的にいうしかない。

 サンは思い付いた言葉をゆっくりと口に出す。


「黒い--漆黒の生物なんてもんをさ--」


 そこまで続けたところでサンは黙りこくる。あの生物に関しては説明がしにくい。姿形が黒く塗りつぶされてる生き物なんて、うまく言葉にできるはずがない。

 サンがそこまで話したところで、アイスは黙りこくる。笑われてしまうかもしれない。馬鹿にされるかもしれない。

 しかしこの不気味な視線にサンは耐えられなかった。それを聞いたアイスは首を傾げ、不思議そうな顔をする。


「うーん、私もよくその森に行くけどそんな生き物は見たことないかな」


「そりゃ、漆黒の魔獣だね」


 売店の隣で話を聞いていた高齢の女性がサンたちの会話に割り込んでくる。その老婆から発せられた言葉は聞き覚えがない。

 

「漆黒の魔獣? それって村で語り継がれてるおとぎばなしでしょ?」


 アイスはその言葉に聞き覚えがあるらしいが、それはおとぎばなしであるらしい。しかし、歴史の中には史実であるにもかかわらず、信憑性がないために空想の話として扱われることは世の中、珍しくないことだ。

 現に老婆はその話をおとぎばなしとして捉えていないらしい。


「これだから若いもんは困るね。あれは昔に起きた出来事さ、あたしゃが若い頃にね……。しかし、その生き物は勇者によって封印されたはずさ、心配することない……」

 

「でもたしかに森で、見たんですけど……」


「そりゃ幻覚だよ、封印が解かれない限りそれはあり得ない。あたしゃそれで母様を失ったんだ。あんまり嫌なことを思い出させないでおいてくれ」


 老婆は言いたいことを言い終えたのか、そばにいた小さな少女を連れて歩き去ってしまった。

 年齢から見ても関係性は祖母と孫といったところだろう。


「もし、不安ならその封印のところに行ってみる? 明日は私、仕事が休みなの」


「そりゃあ、行ってみたいけど……。君みたいな女の子がいくなんて危険じゃないのか?」


 アイスは平均的な女性と比べるとかなり力があるようだが、所詮は一般人だ。ただの村娘に戦う力があるとは思えない。もし、その漆黒の魔獣に遭遇したら彼女を守れる自信は今の自分にはない。

 サンが不安を見せると、アイスは服の中から果物ナイフを取り出す。そしてそれを素早い速度でサンの首元に押し付けた。


「舐めないでよ、私はこう見えても戦えるんだから!! 明日、森に行ってみましょう」


 と、アイスは勇敢な言葉を投げたのだった。




 




 








 

 

 

 


 





 

 


 

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