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不可視の黒

 サンが階段をヨロヨロ降りて下の階にたどり着くと、台所にはアイスが食卓テーブルにはシェイクが食器の用意をしていた。

 シェイクはサンが下に降りてくるのを見るなり、食器を持ちながら駆け寄ってくる。そしてどさくさに紛れてさサンに食器を持たせる。


「お、遅いぞ雑用係!! きちんと働いて恩返ししろよな!!」


「もう、シェイク!! その人は病み上がりなんだから、あんまり厳しくしちゃダメよ!!」


「……。わかってるよ!!」


 台所から顔も見せずにアイスはシェイクに注意を入れる。アイスのその言葉を聞いた途端にシェイクの赤い目が少し陰る。

 シェイクはサンに持たせた大量の食器を半分ほど、掻っ攫うように持っていく。そしてまた食卓テーブルの付近に来るとそれを丁寧にテーブルに並べ始めた。椅子と食器はちょうど3人分揃っている。ボーと食器を見る少年に対してパンがいっぱいのバケットを持ってきたアイスが背中を押してサンを椅子に座らせる。


「あなたの分もあるんだから、さっさと席について」


 アイスはバケットをテーブルの上に置くと、サンの真正面の席に座る。シェイクは食器を並べ終わると姉の右横に座って、パンを添えられていたチーズにつけて食べ出した。

 サンは少し遠慮がちに1番小さなパンを手に取ると、シェイクの真似をしてパンを口に運ぶ。


「っ……。これ……」


 サンはあまりのパンの硬さに顔を歪める。硬いどころの話ではない。カチカチすぎてまるで石でも噛んでいるかのような感じだ。

 そんなサンの反応を見てアイスはすまなそうに謝る。


「ごめんね、私たちの給料じゃそんなまずいパンしか買えなくて……」

 

 サンはアイスの言葉にフルフルと首を横に振る。タダで食べさせてもらっているというのに、そんな贅沢を言うなど非常識にも程がある。

 サンはなるべく不味そうな顔をせずにパンを噛みちぎって、喉に押し込む。


「いや、十分に美味しいよ。ただ、硬すぎてびっくりしただけだよ」


「フン、みなりから見るにお前かなりいいご身分だろ? いいよな、お偉いさまは柔らかくて美味しいパンしか食べたことないんだろ?」


「シェイク!!」


 シェイクにはサンが無理をしていることがわかるらしい。サンはシェイクの言葉に自分の着ているものに目を通す。たしかに、ここにいる2人と比べると色鮮やかで滑らかな生地に身を通している。

 しかしそれはところどころ血で滲んでおり、破れたりしている。まるで戦争から逃れてきたみたいだ。アイスはそんなサンをじっと見ていたが、やがてずっと思っていただろう疑問を口にする。


「あなた、出身はどこなの? そのオレンジの髪や服装から見ても、この辺の生まれじゃないと思うんだけど……」


「わからない、名前しか覚えてないんだ。自分がここに来るまでの間、何をしていたのか思い出せない……」


「それって……」


「記憶喪失ってやつか? せっかく目覚めたら褒美をもらえると思ったのに、俺たちは大損じゃねーか!!」


「シェイク!! 私たちはそんなんで人助けをしたんじゃないわ!!」


 さっきからサンに悪態をつくシェイクにとうとう姉が怒りをぶつける。シェイクの言い方はどうかと思うが、言い分はもっともだ。

 助けてもらったのなら恩返しをするのが世の断りというものだろう。


「シェイクの言っていることは正しいよ。約束する、記憶が戻ったら君たちに恩返しするよ」


「もう、シェイクの言っていることなんか気にしなくていいってば」


***


 現在、サンはアイスたちの住んでいる村のはずれから景色を眺めていた。アイスに夜になったころ、村を見ていけばいいと背中を押されたのだ。ずっと家に閉じこもっているわけにもいかないため、言葉通りにすることにした。


 途中、村の何人かとすれ違ったが挨拶をしたのにも関わらず、素通りされてしまった。この村の人々は余所者が嫌いらしい。サンはかなり異質な風体なため警戒されている可能性もあるだろう。サンはそれを特に気にも留めなかった。少し歩くとちょうど村の奥の方に滑らかな丘があり、そこから村全体どころか世界を見渡すことができた。

 当然、空に浮かんでいる世界樹もサンの視界に映り込む。それは緑色の葉っぱを沢山携え、目を奪われるほどの美しさだ。

 


 サンは記憶喪失だ。しかし何故だかあの世界樹を見ると胸にくるものがある。あれはサンにとって重要なことだったに違いない。

 自分が一体どこからきたのかそれすらも思い出せない。だが、自分はあそこにいかなければならないような気がする。

 サンはズボンのベルトに装着されていた精密な機械を手に取ってみる。


 それはさまざまな部品が埋め込まれており、機械の知識がないサンでも高価なものであることがわかる。

 その機会は直径10センチほどの小さな機械だ。レンズの部分は本来の光を失っており、完全に壊れているようだ。


 機械の隅には子供のつたない字でSANと書かれている。それは自分の字であるような気がする。これが正しければサンはこれを幼い頃から持っていたことになる。

 サンは指でそっと掘られた文字に触れる。しかし何も思い出すことはできない。サンは立ち上がり、アイスたちの元に戻ろうとする。


 サンはもう出て行っても良かったが、もう少しここにいたらいいとアイスに呼び止められてしまった。

 たしかに体の傷は完全に治ったとは言い難い。サンはお言葉に甘えることにした。具体的には決めていないが、あと3日ほどで村から出て行こうと思う。それぐらいしたら傷も完治するはずだ。


 サンはヨロヨロと芝生の上から立ち上がる。その時、サンの目が茂みにいる何かを捉えた。それは黒く塗りつぶされた塊のようなものだった。おそらく生き物であると思う。 

 と、いうのもその生き物は原型が確認できないのだ。それはサンの目が悪いからでも今が夜だからでもない。


 それはまるで黒い絵の具で全身を塗りたくられたかのように真っ黒だった。よく見なければ普通の人なら幽霊やもののけの類だと思うだろう。

 その生き物は深い紫紺の瞳を真っ直ぐ、サンに向けていた。その見透かすような視線にサンは居心地が悪くなるが、目を逸らすようなことはしない。


 目を逸らしたら何をされるのかがわからない。自然界では相手と睨み合った時に目を逸すということは、相手に敗北することを意味する。

 今がまさにそういう状況なのだろう。脳が目を逸らしてはいけないとサンに警告しているみたいだ。


 それはしばらくサンを見据えていたが、なんの風の吹き回しかそれはスッーと亡霊のように消え去ってしまった。

 サンはやっと金縛りが取れたような感触を覚える。怖いもの見たさにその生き物がいたところへ忍び足で向かってみたが、特に何かがいた形跡もない。

 しかし、見間違いにしてはやけにリアルな体験だった。間違いなくそれはここにいたはずだ。


 サンは冷静を保つために首を左右に振った。考えても仕方のないことは最初から考えない。それは記憶を無くしたサンでも心に残っている言葉だ。

 わからないことは後回しにすればいい。どうしても気になるのだったら、この村の人たちに聞けばいいだけだ。森に住んでいる生物のことには現地の人たちの方が詳しいはずである。


 そこでサンは芝生の上に置かれていた精密な機械を再び腰に巻きつけようとする。

 しかしそこには何もなかった。






 



 



  

 

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