第9話 できることは手伝います
「一ヶ月後に王都まで行って今年の前期分の各品目の収穫量や事業の進捗状況や新事業などへの予算ももらわなければならないので今は父上は忙しいのです」
「へえ、そうなのね。中間決算と予算要求ってことか」
自分も予算や経理担当をしていた時期を思い出す。
はっきり言って地獄の数か月だった。
各担当からの予算要求の資料を見て必要か必要ではないかいろんなことを考えて課としての予算要求をまとめるのだ。
そしてそれを上司に報告して上司が納得しなければ、また手直ししないといけなくて各担当の職員に話を聞いたりすることを繰り返す。
予算要求の時期だけは集中して作業するために会議室を財務課が占領して膨大な書類と戦う。
そうまさに予算要求は公務員にとって一番の重要な仕事であり公務員の一年は予算要求と決算で終わると言っても過言ではない。
地方自治体では国からの補助金もあったりで国の省庁を巻き込んだ戦いになるのだ。
あの時はよく夜中にタクシーで帰っていたっけ。
終電までに帰れる日は嬉しく思ったほどだ。
ワイン伯爵って貴族だからってふんぞり返ることもできないのね。
でも待って。事務員雇えばいいんじゃない?
あっ、でもそうすると人件費が厳しいか……。
ワイン伯爵領が豊かになれば事務員も雇えてワイン伯爵も楽な生活ができるだろう。
「ねえ、クリス。この屋敷には伯爵を助ける事務員はいないの?」
「父上と書類を作成する人は二人ほどいます」
「一応、いるのね」
「はい。でも文字の読み書きや数量の計算などができる人材は貴重なので給料も高く多くの人数は雇えません」
文字の読み書きや計算ができる人間が貴重?
高卒の私でも公務員の事務はできた。
この国の教育はどうなってるのだろう。
学校とかあるのかな?
「クリス。ここには学校はあるの?」
「ありますよ。ただ、子供も家の仕事の働き手になるので収入に余裕のある家庭しか子供を学校には行かせられません」
なるほど。発展途上国に付きものの課題ね。
「クリスは伯爵家の息子だから学校行ってるんでしょ?」
「僕は家庭教師に勉学を習います。貴族の子息のほとんどは家庭教師が勉学を教えるのが普通です」
「う~ん、それって家庭教師の人は学校の先生をやったりするの?」
「いいえ。家庭教師はその貴族の家からの給料で生活できるので学校の先生の仕事はしません」
それって人材がもったいないわよね。
もちろん貴族の家からの給料で生活ができるなら学校の先生になる必要はないのは分かるがその家庭教師たちが学校の先生をやってくれれば学校の数を増やせるはず。
でもその前に目の前の貧困をどうするかよねえ。
「ワイン伯爵は今日も仕事をしているのよね?」
「はい。執務室で各村からの報告書類を確認しているはずです」
「ちょっとだけ、ワイン伯爵の仕事を見せてもらえないかな?」
「父上の仕事をですか?」
「うん。元文官として興味があって。もし手伝える内容なら手伝いたいなって」
「アリサが父上の仕事をですか?」
クリスは驚いた表情をする。
「だって私、文官だったじゃない?読み書きはできるし、書類を作成するのも得意な方だし」
「そういえばアリサは文官でしたね。分かりました。一緒に執務室に行きましょう」
クリスは私を執務室に連れて行ってくれた。
ワイン伯爵には助けられた恩があるし、ここの世界の文字って日本語だから私に手伝えることはした方がいいわよね。
私はこの時ワイン伯爵の執務室で衝撃の書類たちと出会うことになるとは思っていなかった。
「父上。少しアリサが父上に会いたいらしいのですが」
クリスが執務室の前で扉越しに中に向かって言うと「入っていいぞ」と声が聞こえる。
クリスについて中に入った私はたくさんの書類が富士山のごとく積み上がっているのを見た。
「どうした? アリサ。何か私に用事だったかな?」
ワイン伯爵は執務机の上の書類と格闘しながら私を見る。
「はい。お父様。私も文字の読み書きとかができるので何か手伝えないかと」
「え? アリサが?」
「父上。アリサは元文官ですよ」
クリスに小声で言われてワイン伯爵は私の話を思い出したようだ。
「そうだったな。ではアリサ。申し訳ないが少し手伝ってくれるか?」
「はい。喜んで」
「そこに各村長から提出された書類がある。品物と数量を他の村と比べてどこが多いか順番に表にまとめて欲しい」
「分かりました」
「僕も手伝います」
「おお、クリス。手伝ってくれるか。ありがたい」
そして5分後執務室に私の怒声が響いた。
「なんじゃこりゃああああああああ!!!!」