第86話 公務員も悪くない職業です
祭りの日。
私はクリスと護衛のジャッカルと一緒に町の祭りを見に行った。
なるべく目立たないような服装を選んで帽子も被っていたのだが町の人たちには頭を下げられる。
私もワイン伯爵領ではそれなりに顔が知られるようになったしクリスも一緒だったらバレないわけはないわよねえ。
一応クリスも地味な服装に帽子を被っているけどさ。
イケメンっていうのは存在自体がイケメンオーラを発しているのよ。
イケメンオーラって何だ?
昔、美紀に話したら笑っていたわね。「イケメンオーラなんて感じるのは貴女ぐらいよ」って。
そんなことないと思うんだけどな。
祭りは食べ物を売ってる屋台やゲームができる屋台などなんとなく日本を思い出す。
「ねえ、クリス。今までワイン伯爵領ではあまり祭りを開かなかったのはなぜ?」
「それは祭りの開催には費用もかかりますし。今回は屋台などを出している店は王都から来ている商売人も多いんですよ」
「え? 王都から来てるの?」
「はい。商人たちの情報でワイン伯爵領は最近は農産物などの収穫高も増えて個人の収入が上がっているので充分商売になると流れているらしく王都からの商売人も増えました」
「なるほどねえ……」
やっぱり商人たちの情報ネットワークは無視できないわね。
どこの世界もいち早く「情報」を得たものが勝つというのは本当のようね。
「せっかくだし何か食べますか?」
ジャッカルが私とクリスに聞いてくる。
「そうね。あの牛串のお肉食べたいわ」
「分かりました。ちょっと待っててください」
ジャッカルはそう言って屋台で私とクリスの分の牛串を買ってくれる。
「あれ? ジャッカルは食べないの?」
「俺は今日は護衛なんで既に軽く食事を取ってきました。満腹だといざという時に動けないんで」
「そうなの……」
私としてはジャッカルにも祭りを楽しんでもらいたい気持ちがあったがジャッカルには護衛という仕事がある。
私とクリスに何かあればジャッカルの責任になるのだ。
それを思うと私たちのことは気にしなくていいとは言えない。
一応私とクリスはこのワイン伯爵領を治めるワイン伯爵家の人間なんだから。
「じゃあ、クリス。あそこで座って食べましょう」
「はい。アリサ」
私たちは自由に座って飲み食いが楽しめるように設置してあったベンチに座って牛串を食べる。
う~ん、タレもいい味してるわね。
「美味しいわ」
「そうですね。特別な時にしか牛肉とか食べられないですしね」
クリスも美味しそうに笑顔で食べている。
少しずつワイン伯爵領は収入も上がって来ているがそのことに喜んでワイン伯爵は贅沢するような人間ではない。
なので今でもワイン伯爵家の食事はお客さんが来ない限り質素なものである。
そういうワイン伯爵の性格も私は気に入っている。
お金ができたからすぐに贅沢するようじゃ、いくら領地の収入が上がっても意味がない。
そこで私はブランとゼランのことを思い出す。
私のために宮殿を新築したり庭園を造ったりするなんてマジでやめさせないとだわ。
このダイアモンド王国の予算がどれくらいあるのかは知らないがそれでも無駄遣いをさせてはいけない。
まして私のためなんかに。
それにクリスに聞いたダイアモンド王国のこの大陸での微妙な立場も気になるところだ。
クリスから話しを聞いた時はワイン伯爵領のことは考えたがダイアモンド王国のことはあまり真剣に考えなかったけど王宮の文官になるなら外交問題だって無視はできないはず。
三大国に囲まれてその微妙なバランスで成り立っているのがこの国の立場。
なんとか三大国とうまく付き合える方法はないかしらねえ。
三大国がダイアモンド王国に手を出す気を起こさせない方法があればいいのに。
ダイアモンド王国を守ることはワイン伯爵領を守ることになる。
祭りは夜遅くまで続いて私は祭りでにぎやかに笑顔で楽しんでいる人たちのために自分でも何かできないかと考えていた。
私って異世界転移してもやっぱり公務員なんだわ。
住民のため国のためせっせと働くことは嫌いではない。
私は日本で公務員というものの現実に嫌気がさしていた頃の自分を思い出す。
あの頃は自分の信じてた「公務員神話」が現実と違って嫌になってたけどこの世界に来て公務員としての経験が役に立ってることが嬉しい。
たかがヒラ公務員の事務職に何ができるとかと思ったけど、今自分の前で祭りを楽しんでいる人たちがいるのは事実。
もちろん自分一人でここまでやれたわけじゃない。
ワイン伯爵やクリスやシラーにシャルドネにジャッカルやマックスやウルフなどみんなが協力してくれたおかげだ。
きっと王宮に行っても私にできることはあるはず。
そう思うだけで私はとても嬉しい気分になった。
公務員も悪くない職業だわ。




