第6話 私は公務員です
「アリサは結婚していたのかい?」
ワイン伯爵の問いに私は嘘をついても仕方ないと思って素直に答えることにした。
「いいえ。働いてました」
「何の仕事をしてたんだい?」
「公務員です」
「こうむ……いん?」
そうか、この世界では公務員とは言わないのか。
う~ん、そうするとどういえば分かるかな。
「お役所で働いてました」
「役所? ではアリサは文官だったのかい?」
役所って言葉は通じるのね。
それに文官って事務をやる人よね。
「はい。その文官です」
「それは凄いですね! 僕も文官を目指して勉強してるんです」
クリスが私を尊敬の眼差しで見る。
いや、ただのヒラ公務員だったんだけどね。
「でも女性で文官になるなんてアリサは優秀だったんですね」
「この国では女性の文官はいないの?」
「ダイアモンド王国では文官に女性がなることはありません。女性は結婚すると家庭を守り育児をするので」
その言葉、今の日本で言ったら「男女差別」に当たるわよ。
でもここは日本じゃなかったわね。
「でも文官でも23歳ならそろそろ嫁ぎ先を探した方がいいんじゃない?」
ローズ夫人が心配そうな顔をする。
いえいえ、まだ結婚する気はありません。
「結婚相手は自分で探しますからご心配なさらず、ローズ夫人」
「あら、私のことはお母様と呼んでちょうだい、アリサ」
ローズ夫人は何かを期待するような顔をする。
そうね。私はもう伯爵家の娘になることになったんだもんね。
「はい。お母様」
「まあ、娘にお母様と言われるのは感動だわ!」
ローズ夫人は天に舞い上がるんじゃないかと思うぐらい喜んでいる。
「わ、私のこともお父様と呼んでくれないかい?」
今度はワイン伯爵が私に声をかける。
「はい。お父様。これからお世話になります」
私はとびきりの笑顔でワイン伯爵を「お父様」と呼んだ。
ワイン伯爵は何かをこらえるように拳を握り体を震わせている。
あれ? 私の笑顔が気に入らなかったの?
「素晴らしい! 娘にお父様と呼ばれるなんて。私は今死んでもいい」
いやいや、そんなんで死なれたら私の目覚めが悪いからやめてちょうだい。
「すみません。アリサ。父上と母上は昔から娘を持つのが夢だったみたいで」
クリスは苦笑いしている。
私ならクリスみたいなイケメンの子供の方がいいけどなあ。
「それにしてもアリサが文官なのは驚きました。今度、勉強を教えてください」
クリスにそう言われて私はハッと気づいた。
そういえば最初からクリスとは会話できている。
しかも日本語で。
ということはこの世界では日本語が通じるってこと?
さすがは異世界トリップもののご都合主義だわ。
この異世界を作った神様、感謝します。
「私に教えられることがあればね」
「はい。お願いします」
話す言葉に不自由しなくても文字まで日本語かは分からない。
文字が読み書きできなければクリスに勉強は教えられない。
私はそう思っていた。
「じゃあ、明日はアリサのドレスを買いに行きましょう。私のお古じゃ可哀想だもの」
「そうだね。そうしなさい、アリサ」
ローズ夫人の言葉にワイン伯爵は頷く。
私はお古でも良かったのだがウエストがキツイのは事実だ。
自分の体形にあったドレスがあるならそれに越したことはないが私のためにお金を使わせるのも気が引けるなあ。
この伯爵家はそんなに裕福じゃないことは分かったし。
「大丈夫ですよ。ドレスを買ったぐらいじゃ、我が家の家計がどうこうなるってことありませんから」
クリスの言葉に私は驚く。
クリスって超能力者なの? 私の考えを読むなんて。
「クリス。貴方は超能力者なの?」
「はい? ちょうのうりょくですか?」
「いえ、何でもないわ」
クリスは超能力者ってわけではなさそうね。
それにしても貴族は出てきたけどこの世界って異世界感が足りないわよね。
やっぱり魔法とかドラゴンとか出て来ないとやる気でないっていうか……。
でもこの世界のことをまずは知るべきね。
よしクリスに聞いてみよう。
私は異国の人間でこの世界のことはあまり知らないってことにしてさ。
「クリス。後でちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「はい。いいですよ。ではアリサの部屋に後で行きます」
「そうしてくれると助かるわ」
私たちはそう言って昼食を終えた。