第59話 初心忘るべからずです
「お父様。応募者は何人ですか?」
「そうだな。ちょうど20名だ」
「その中に女性は?」
「ああ。4人いるよ」
やはり思っていたとおり女性の応募者は少ない。
雇用条件に男女は問わないとしたものの文字の読み書きと計算ができるものという条件を付けたからかもしれない。
「雇う人間は何人の予定ですか?」
「3人だよ」
「分かりました。ではその20名を集めて「筆記試験」をまずしましょう」
「え? 筆記試験?」
「事務の力があるか客観的に判断するためです」
「ああ、なるほど」
ワイン伯爵は納得したように頷く。
「でも問題はアリサが作るのかい?」
「はい。そんな難しい問題は出さないですし」
「それなら僕も手伝います」
クリスが私を見ながら言う。
「じゃあ、クリス。手伝ってくれる?」
「はい」
それから私とクリスはせっせと試験問題を作成する。
クリスに主にこの世界の学校で習うような問題を作ってもらい、私は「事務員になったらやってみたいこと」とか「なぜ今回の募集に応募したのか」など勉学以外の質問事項を考える。
本当はこういう応募理由とかは履歴書とかに書いてある項目だがこの国の応募用紙は単純に名前や年齢、前職歴などしか書いてなかったからだ。
履歴書の用紙も改良の余地ありよねえ。
そんなことを考えながら私は自分が公務員の試験を受けた時のことを思い出した。
親が協力してくれて専門学校がやっていた講習に参加させてくれたから試験に合格できたものだと私は思っている。
親には資金面で苦労をかけたが無事に合格できたのでそれで恩返しができただろう。
後日、応募者たちを屋敷に集めてもらった。
私は応募者たちを前に説明をする。
「私はワイン伯爵の娘のアリサです。皆さんにはこれから筆記試験を受けてもらいます。その結果合格した者を後日面接を行い最終的に雇うか決めます」
私の言葉に部屋は騒めく。
まさか筆記試験なんかすることを思ってもみなかったのだろう。
この国では面接だけで合否を決めることが多いからだ。
事務を舐めたらいけないのよ。
ここは男女平等で試験で実力を見せてもらうわ。
できれば女性を雇いたい気持ちはあるが実力のない者を雇っても意味がない。
試験は順調に行われ、その日は応募者たちに帰ってもらった。
そして私はクリスとシラーとシャルドネに協力してもらって採点をする。
私は志望動機を見てたが「伯爵家の事務員になれば給料も高く安定した収入が得られるため」とか書いてる人物もいる。
これってある意味この世界の「公務員神話」みたいなものかな。
正直者ではあるが私の感覚では思っていても口には出さない類の話である。
公務員試験でそんな志望動機を言う人間は間違ってもいない。
「公務員神話」を信じていてもそのことを言ったら普通はアウトである。
「アリサ。採点が終わりました」
クリスの言葉で私はハッと我に返る。
「ああ、ありがとう。じゃあ、上位6名までを面接に呼んでちょうだい」
「分かりました」
私の言葉で試験の上位6名が決定される。
その中には女性も一人含まれていた。
女性だからって優先採用はしないがこれで男性より女性が能力的に落ちるということはないと証明されたものだ。
あとは面接して決めましょう。
やはり高い志を持って事務を行って欲しい。
そんな人物がいるといいんだけど……。
たかが事務職と侮るなかれ。
職種は事務でも事務職というのは極端に言えば「なんでも屋」である。
基本的な作業は書類を作成したりする仕事だが対人スキルも必要だし、領民のために働くという意識を持ってる人物の方がいい。
伯爵家で働くということは領民のために働くということである。
そのことを心において仕事をすることが何より大切だが正直今の公務員が「私は住民のために働いています」と心から思っている人物がいるかは怪しいのも事実だけど……。
でもその中にもちゃんと住民のことを考えて仕事をしている公務員がいるのもこれまた事実であることを私は知っている。
みんながみんな公務員という身分に胡坐をかいてるわけではない。
だが公務員に限らず社会人になって何年も経つと自分が新人だった頃持っていたはずの志を忘れてしまう傾向は誰でも心当たりがあるだろう。
初心忘るべからずである!




