第28話 立派な領主になれるはずです
「お父様。声が小さいです。言葉はハッキリと発音してください」
「そうかい? こんな感じかな?」
それから王都に出発するまでの間に私とワイン伯爵のプレゼン能力のレベルアップ作戦は続いた。
「もっと自信を持って話してください。たとえ自信がなくてもハッタリかますぐらいの気持ちで」
「ええ!? それは国王様に失礼なんじゃないかい?」
「別に本当にハッタリをかますんじゃなくてそれぐらいの気持ちでってことです」
「わ、分かった。やってみよう」
最初はプレゼン能力のレベルの低さにイライラしたがワイン伯爵は真剣に私の言うことを聞いてくれた。
その器の大きさだけは尊敬に値するわね。
自分より年若い、しかも娘とはいえ血の繋がらない者に言われたことを必要だと思えばその者から教えを乞うというのは誰でもできそうでできないことだ。
公務員の中には未だに昔の栄光に浸っている者がいないわけじゃない。
年を重ねたヒラ公務員がエリート組で課長になった人間のことを裏で悪口を言う者もいる。
「自分より年下のくせに生意気だ」みたいな。
でもその課長だってエリート組だからエスカレーターで何の苦労もなく課長になった訳ではない。
課長になる実力があったからだ。
エリート組はエリート組なりの苦労をしているのは知っている。
まあ、でもエリート組特有のプライドの高い課長がいるのもこれまた事実だ。
エリート組は学歴が高い者が多い。
そのせいかやたらと英語のような横文字や難しい言葉を使いたがる。
そして能力があるから自分ができることは部下もできると勘違いしている者もいる。
私は高卒で公務員になったから分かることがある。
やっぱり大卒の人間の考え方は効率的で「この人優秀だな」と思うことはあった。
だが住民と接する事務をしているとエリート組の職員の言うことが全てできるかと言ったら疑問だ。
住民は決して皆が大学行って勉強した人間ではない。
その人間に横文字や難しい言葉が通じるとは限らない。
住民への説明はなるべく横文字や難しい言葉は使わずに説明することが望ましい。
それは住民を馬鹿にしているわけではない。
私のおばあちゃんがよく言っていた。
「偉い大学の先生の講演を聞いたけど意味の分からない言葉を使って中身がよく分からなかったよ。年寄りには「ひらがな」で話して欲しいねえ」と。
おばあちゃんは中学までしか学校に行かずその後は自分の家族のために働いていた。
そう住民は年齢も育ってきた環境も違う。
それら全ての住民に分かりやすく話すことが私は大事だと思っている。
ワイン伯爵は決して能力のない人間ではないと私は判断した。
なぜなら私が教えることを実戦することができるからだ。
今まで苦労していたのは事務のやり方を教えてくれる人間がいなかっただけに違いない。
お父様、貴方なら立派な領主になることもできるはずよ。
そしてワイン伯爵は私たちの期待を背負って王都に出発することになった。
「お父様。練習の成果を期待してますわ。お父様ならできますから自分を信じてください」
「そうです。父上は素晴らしい方です。頑張ってきてください」
「ありがとう。アリサ、クリス。皆のために頑張ってくるからね」
ワイン伯爵を乗せた馬車が動き出す。
大丈夫よ。お父様。自分を信じて!
私は祈りながらワイン伯爵を見送った。
これで一息つけるわね。
異世界に来て予算要求の書類を作った話なんてあんまり聞いたことないんだけど。
普通は勇者とかになって魔王と戦うとか、勇者だったけど仲間に裏切られて復讐する「ざまあ」系とか、ダンジョンに入って無双するとかそういう話なんじゃないの?
戦うのがモンスターじゃなくて書類なんて悲し過ぎるわ~




