第249話 キャバ嬢に変身です
「ええ、そうよ。前のお店は気に入らなくて辞めて新しいお店を探してたの。今夜から雇ってくれないかしら?」
「へえ、姉ちゃんみたいな美人を手放すなんて馬鹿な店もあったもんだな。いいぜ、さっそく働いてもらおうか。とりあえず話は中でしよう」
支配人の男はお店の裏口から中に入って行く。
私は一瞬だけサタンの方を見て視線だけで「心配しないで」と伝えた。
サタンは無表情だったが僅かに頷く。
何かあったら笛を吹けばきっとサタンが助けに来てくれるだろう。
そう思えばこの潜入捜査も怖くないもんね。
店の中に入ると支配人の男は私をある部屋に連れて行く。
「この部屋で準備をしてくれ。ドレスは部屋の中の物ならどれを着てもいい。衣装代は店持ちだからな。給金は働きによって出す」
給金は歩合制ってことか。
契約書も交わさないとはさすが裏社会ってことかしらね。
支配人の言う通りその部屋には化粧台や鏡がいくつも置いてありドレスもたくさんある。
ただし一目でそのドレスは派手なことが分かるようなものばかりだが。
ここはキャバ嬢の楽屋みたいなものかな。
他に女性はいないけどもう皆お店に出て仕事かしら。
「支配人さん。他の女性はお店に出ているんですか?」
「ああ、今日はボスが来る日だから既に店の方で待機中さ。ボスは女の好みが激しいからな。選り取り見取りで女を準備しないと不機嫌になるんだ」
「ボス?」
「ん? 姉ちゃん、まさかと思うがこの店が王都を牛耳るマフィアのボス、タイガー・ゴールデン様の店だと知らなかったわけじゃないよな?」
そうだった! サタンはこの店の経営者がマフィアのボスだって言ってたっけ。
それにしてもタイガーなんてめっちゃ強そうな名前ね。
いきなりそんな猛獣の登場とは。
「も、もちろん、知ってたわよ。でも私は新人だからそのタイガー様のお相手をすることはないですよね?」
いきなり猛獣との対決は避けたい。
潜入したのはあくまでロゼッタの旦那を探すためで猛獣の相手をする為ではない。
だがそこはお決まりだと言わんばかりの支配人の声がする。
「何を言ってたんだ。姉ちゃんみたいな美人を出し惜しみしてたと分かったらボスに殺されちまう。姉ちゃんにはボスの相手を頼むぜ」
いえいえ、そこは出し惜しみしてかまわないから。
なんでキャバ嬢が猛獣と戦わないといけないのよ!
私は猛獣使いじゃないんだからね!
「そんな私みたいな女なんてタイガー様が気に入るわけないじゃないですか」
「心配いらねえよ、姉ちゃん。姉ちゃんみたいな美人は他にいないんだからきっとボスの目にとまるさ。そうすりゃ、姉ちゃんは王族みたいに贅沢な暮らしができるかもだぜ」
いや、もうブランと婚約した時点で私は「王族」扱いなんだって。
これ以上贅沢したら自分がダメな人間になるからさ!
ブランとゼランは私が目を光らせていないととんでもないプレゼントを贈ろうとしてくる二人だ。
二人からのプレゼント攻撃だけでなく生活費もブランたちが出してくれている。
そして首席総務事務官としての給料もそれなりのもの。
これ以上の贅沢は私に必要ない。絶対人間としてダメになる。
「ところで姉ちゃんの名前は?」
「えっと、リサよ」
「リサだな。ささ、早く準備してくれ! 準備ができたら表のお店の方に来てくれよ!」
支配人は言うことだけ言って部屋を出て行く。
ロゼッタの旦那のことを訊きたかったんだけどまずは支配人たちの信用を得ることも大切よね。
情報を得るためには自分が信頼されることが第一だ。
人間は自分が信用していない者に重要な話をすることはない。
仕方ない。
とりあえずキャバ嬢として仕事するか。
自慢ではないがキャバ嬢の仕事などやったことはない。
男性にお酌して笑顔ふりまいていればいいのかな。
まあ、なんとかなるだろう、きっと。
猛獣に襲われたら笛で悪魔を呼べばいいし。
私は自分の体型に合うドレスを探す。
色使いもデザインもケバケバしいドレスの中から選ぶのは躊躇いがあるが女は度胸だ。
よし! この赤いドレスにするか。
気合いを入れて真っ赤なドレスに着替えて化粧台で化粧もする。
鏡で最終確認するがとても自分が美人だともこの衣装が似合っているとも思えない。
まあ、いいか。
猛獣に気に入られるのが目的じゃないもんね。
ただでさえモンスター王子の二人に気に入られて大変な人生に巻き込まれてるのだからこの上猛獣にまで気に入られるわけにはいかない。
だがそこで私はあることに気付く。
でも待って! この店の経営者ならロゼッタの旦那がどうなったか知ってるかもしれないじゃない。
それなら猛獣ボスに気に入られて情報を聞き出した方がいいかも。
よし決めた! ここは猛獣狩りをして仕留めてやるわ!
モンスターや悪魔に比べたら猛獣なんて可愛いものよ!
準備を整えた私は意気揚々と店内に続く扉を開けた。