第237話 悪魔のセリフで王宮を抜け出しました
私がホシツキ宮殿に帰る途中でサタンが私に声をかけてきた。
「……アリサ様。これから王都に行かれるのですか?……」
う!いつも一緒にいるサタンには私の思考は筒抜けなのかな。
でもまずは護衛のためにもサタンの協力は必要よね。
いくら無鉄砲な私でも夜の王都に危険があることくらいは想像できる。
私がいた日本でも夜に女性の一人歩きは危険が多いのだから。
「そうよ。だって明日になったらエディが外番の場所にいるとは限らないでしょ?それに私がエディを探していることはブランたちに内密にしたいのよ」
「……夜の王都は危険です……」
「分かってるわ。だからサタンに護衛をお願いしたいの。サタンは私を守ってくれるんでしょ?」
「…………」
サタンは返事をしない。
あれ? サタンってもしかして私の護衛が負担になってきちゃったのかな。
ブランの護衛についていてもあまり真面目にブランを守らなかったサタンが私の護衛に飽きた可能性も高い。
でも、サタンが一番頼りになるのよね。
「サタン。もしかして私を護衛するのが嫌になった?」
「……いえ……夜の王都は危険ですので……アリサ様が出かけられるのは……」
良かった。私の護衛が嫌になったんじゃなくて私の身を心配したのか。
「サタンが守ってくれれば大丈夫よ。サタンは強いからいつも頼りにしてるの。だから今回もお願いできないかな?」
私はサタンを手で拝むようにして頭を下げた。
「……分かりました……」
サタンの声には若干の諦めの響きがある気がしたがとりあえず私に協力はしてくれるらしい。
「ありがとう、サタン。それで相談なんだけど王宮って夜の出入りは自由なんだっけ?」
「……いえ……基本的には門が閉じられて警備の者の許可がないと外には出れません……」
そうか。普通に考えて王宮の門が夜にも開けっ放しなわけないわよね。
そうするとどうやって王宮を抜け出そうかな。
「ねえ、サタン。皆に見つからないように王宮の門を抜ける方法ってある?」
「……それなら私が準備してお連れしますのでお部屋でお待ちください……」
「ホント?分かったわ。じゃあ、サタンに任せるわ」
「……はい……」
私なんかより王宮暮らしが長いサタンに任せた方がいいわよね。
その後ホシツキ宮殿で夕食を食べてイリナにはもう休むからと言って自分の部屋に帰らせた。
そして侍女のセーラもいなくなり私は自分の部屋でサタンを待つ。
すると扉がノックされた。
「どうぞ」
扉を開けてサタンが部屋に入って来た。
手にはフード付きの上着を持っている。
「……これを着てください……」
「これで顔を隠すってことね?」
「……はい……」
私はサタンに言われた通りにフード付きの上着を着てフードを被る。
上着はかなり大きくて身体がすっかり隠れるぐらいだ。
「……では馬を用意してますのでそこまで案内します……」
「分かったわ」
イリナに物音が聞こえて怪しまれないように私とサタンは静かにホシツキ宮殿を抜け出す。
王宮内は警備の者が時折すれ違うぐらいで人影はほとんどない。
その警備の者もフード付きの上着を着た私の方を見るが一緒にいるのがサタンなので特に何も言われない。
そりゃ、そうよね。サタンはブランの護衛だってやってたくらいの人物だもん。
いくら孤児で平民の身分でも夜に王宮内を歩き回っていても誰も不審に思わないわよね。
王宮の入り口まで来るとサタンの馬が用意されていた。
私はサタンに手伝ってもらって馬に乗る。
毎回出かける時は馬車かサタンに馬に乗せてもらってるけどいつか自分で馬に乗れるようになりたいわね。
サタンは私の後ろにひらりと身軽に乗った。
「ねえ、サタン。これでどうやって閉じてる門を通過するの?」
「……アリサ様。王宮の外に出るまで声を出さないで顔を伏せていてください……」
「え? わ、分かったわ」
なんだか分からないけどサタンには門を通過する方法があるのよね。
ここは言う通りにしておこうっと。
サタンは馬を進めて閉じられた門の所まで来る。
私は自分の正体がバレないか緊張した。
門番がサタンに気付いて声をかけてくる。
「これはサタン様。お出かけですか?」
「……ああ。門を開けろ……」
「そちらの方はどなたですか?」
門番は私の方を見ながらサタンに尋ねた。
ここで声を出しちゃいけないのよね。
それに顔も伏せておかないと。
でもサタンはなんて答えるんだろ?
「……これは私の女だ。これから夜のお楽しみのために連れて行くところなんだ。邪魔をする気か?……」
サタンはそう言って門番を銀の瞳で睨みつける。
「し、失礼いたしました! どうぞお通りください!」
門番は慌てて小さい出入り口の扉を開ける。
銀の悪魔の怒りを買うのを恐れたようだ。
私もサタンに「私の女」と言われて内心ギョッとした。
サタンの女って。しかも夜のお楽しみに行くなんてサタンとは思えないセリフだわ!
だが慣れたようにサタンはその小さい出入り口から馬ごと外に出た。
王宮の門から少し離れたところで私はサタンに聞いてみる。
「ねえ、サタン。もしかして昔は付き合っている女性とかいたの?」
「……いいえ、いません……」
「それにしては慣れたようなセリフで通過したわよね?」
「……昔、スノー公爵にこういう風にすればたいがい門番は通してくれると教わったので……」
サタンは無表情で私に答える。
そういえばサタンをスカウトしたのは元々はスノー公爵だったわね。
私はスノー公爵を思い出す。
一筋縄ではいかない雰囲気の持ち主だったと私の中では記憶している。
スノー公爵って他にもサタンに余計な知識を与えてそうだわ。
悪魔に余計な入れ知恵したらさらに怖くなるじゃない!
まあ、でも今回はそれで助かったから大目に見てやるか。