第233話 公文書偽造になりませんか
総務事務省で私は仕事をしていたが目の前で同じように仕事をしているクリスのことがどうしても気になってしまう。
クリスはデリアとエディという男性との関係の真実が分かるまで普通に過ごすと言っていたが内心は落ち込んでいるだろう。
はあ、なんとか早急にクリスの恋の問題を解決してあげたいわね。
自分の気持ちを隠すように仕事に打ち込んでいるクリスの姿に私の方が涙が出そうになる。
悲しみを忘れるために仕事をして余計なことを考えないようにするというのはこの世界でも共通のことのようだ。
でも私も仕事を放り出してまでデリアに会いに行ったりエディという男性のことは調査できない。
仕事が終わったらエディのことを調べようかな。
そう思っていたらブランからの伝言を伝えに事務官がやって来た。
「アリサ首席総務事務官様。ブラント王太子殿下が執務室に来るようにとのお言葉です」
「ブラント王太子の執務室に?」
ブランから勤務時間内の呼び出しは珍しい。
しかも執務室に来いというなら仕事関係の話かもしれない。
「はい。なるべく早く来ていただきたいとのことです」
「分かったわ。今から行くわ」
私はジルたちにブランの執務室に行くことを告げてからブランの執務室に向かう。
ブランの執務室と言ってもゼランも同じ部屋にいるのよね。
二人の執務室まで行くと扉をノックする。
「ブラン様。アリサです」
「入っていいよ。アリサ」
ブランの入室許可の声を聞いて私は中に入る。
中にはブランやゼランだけでなく他の事務官もいた。
「お前たちはしばらく退室せよ。呼ぶまで部屋には入らないように」
ブランがそう言うと事務官たちは頭を下げて出て行く。
何だろう。他の者には聞かせたくない話なのかな。
「アリサ。こちらのソファに座って」
「はい」
ブランは自分の椅子からソファへと移動する。
そしてゼランも同じくソファにやって来る。
私はいつも通りに二人に挟まれてソファに座ることになった。
「悪いがイリナは扉の外の護衛を頼めるかな?」
「え? 外で護衛ですか?」
いつも通りに私の護衛として付いて来たイリナにも部屋の外に出るようにブランは命令する。
ブランもただイリナに「退室せよ」と言ってもイリナの性格上嫌がることを理解してわざわざ「外で護衛せよ」と言ったようだ。
これは何かあるわね。
「イリナ。私からもお願いするわ。扉の外でここに誰も入らないように見張っていてちょうだい」
「あ、はい! 分かりました! 姐さん!」
私がブランの言葉を補足するとイリナは元気よく部屋を出て行く。
これで室内には私とブランとゼランとサタンだけになる。
サタンほど口の堅い人間はいないからサタンまで部屋の外に追い出すことはないだろう。
ブランだってサタンには何も言わなかったし。
「ブラン様。何か内密なお話ですか?」
私は少し緊張してブランに聞いてみた。
「まあね。アリサにこの二つの書類にサインしてもらいたいんだ」
ブランは私の前のテーブルに二枚の紙を置いた。
「これは何ですか?」
「私とゼランがアリサとリサと婚約したという婚約証明書だ」
婚約証明書? そんなものがあるのね。
二人との婚約に関する話はトップシークレットだからイリナには聞かせたくなかったのね。
「ではこの二枚の紙にサインすればお二人と私とリサの婚約が正式なものになるのですか?」
「そうだよ。私たちは既にサインしてあるからこちらの紙にはアリサの名前をこちらにはリサの名前を書いて欲しい」
ブランがペンを私に渡してくる。
確かに本当に結婚するかはともかく婚約することは私も承諾したことなのでサインすること自体には拒否する思いはないがそこで私は気付く。
「あのブラン様。リサの名前も私が書くのですか?」
「そうだが何か問題があるかい?」
「私が書くとアリサのサインもリサのサインも同じ筆跡になってしまいますが」
私は自分の筆跡を変えて書くなんて器用なことはできない。
同じ筆跡だったら私とリサが同一人物だとバレないだろうか?
「それなら問題ないよ。私たちのサインを見てごらん?」
今度はゼランが私に自分たちがサインしている部分を指を差して見るようにと言ってくる。
ブランとゼランのサインがどうかしたの?
私は二人のサインを見て驚愕した。
確かに名前はブラント・ジュエル・ダイアモンドとゼラント・ジュエリー・ダイアモンドになっているがその筆跡はまるで同じにしか見えない。
え!? まさかこの二人って筆跡まで似せて書くことができるの!?
「ゼラン様。もしかしてお二人は筆跡も同じように書くことができるのですか?」
「もちろん。私が『ブラント王太子』の時に文字を書くこともあるからね」
ゼランは面白そうに瞳を細める。
マジで筆跡まで同じにするってこの二人の入れ替わりが周囲に気付かれない理由が分かったわ。
「双子の私たちが同じ筆跡なら同じ双子のアリサとリサの筆跡が似ていても誰も疑わないさ」
ブランも面白そうな表情で私に説明する。
この二人って本気で幼い頃から二人一役をやってきたのね。
侮れない存在だわ。
あれ?でも私と文通をしていた時は二人の筆跡は違ったはずだったけど。
「でもブラン様、ゼラン様。私と文通していた時は別の筆跡でしたよね?」
「ああ、それは私たちは公文書にサインする時だけ筆跡を同じにするからね」
ブランは何でもないかのように言う。
でもそれって公文書偽造とかにならないのかな?
だってゼランがブランとしてサインすることも可能ってことよね?
「それってゼラン様がブラン様の名前でサインしたら何でも「王太子命令」になってしまうんじゃないですか?」
「大丈夫だよ。私がサインした本当の本物のサインとゼランがサインした偽物のサインには見分けがつくようにしてあるからね」
「え? そうなんですか?」
私は何度も二人のサインを見比べるが文字が違う以外に違いが分からない。
「同じに見えますけど」
「フフ、そんなに簡単に見抜けたら意味がないだろ?」
「そうそう、これは私とブランだけの秘密だからね」
そうね。私が簡単に見抜けたら意味はないわね。
だけど平然と公文書偽造までやるとはさすがモンスター王子だわ。