第206話 悪魔は先手を打ちます
「さてと、どこにあるのかしら」
私はオレンジ伯爵領から戻り夕食を食べた後に自分の寝室をグルリと見渡した。
今回の視察の時にブランが口を滑らせて判明したホシツキ宮殿の私の寝室とブランやゼランの部屋と繋がっている「隠し通路」を見つけようと思ったのだ。
二人が持っていた鍵は没収したから二人がこの部屋に来れないのは分かるがやはりどこに「隠し通路」への扉があるのかは知っておかないとよね。
そもそも私に危険が迫った時の脱出経路なんだから私が扉の場所を知らなければ意味がない。
私の寝室はベッドの他にもいくつか家具が置いてある。
壁紙は青を基調とした花柄の物だ。
家具の裏とかにあるのかな?
「隠し通路」への扉なんだからすぐに分かるようには作られていないわよね。
私は家具が動くかどうかなどを確認するが家具は重厚な素材でできていて私の力では動かせない。
「私に動かせないなら意味はないわよね。本当にどこにあるんだろ?」
ブランたちに聞こうかとも思ったが時刻は既に夜だ。
今からブランたちを寝室に呼んだら別の意味で危険よね。
そうだわ!サタンなら知ってるかも。
サタンはブランの護衛騎士をしていた。
本人はあまりやる気がなかったみたいだけどブランたちの部屋と通じているならサタンがブランを護衛していた時に「隠し通路」についても把握していたかもしれない。
私は今も部屋の前の廊下で護衛しているだろうサタンを呼びに行く。
廊下に続く扉を開けるとそこにはいつものようにサタンがいた。
「ねえ、サタン。ちょっと来てくれない?」
「……はい……」
サタンは私の部屋に入って来る。
「こっちの寝室に来て」
私が次の寝室に繋がる扉を開けてサタンに言うとサタンの動きが止まる。
ん? どうかしたのかな。
「どうしたの? サタン。早く寝室に来て」
「……私が寝室に入っても大丈夫ですか?……」
寝室に入っても大丈夫かですって?
「別に寝室に見られてまずいものは置いてないわよ」
「……いえ……そうではなくアリサ様の寝室に……男の私が入るのは……」
そう言われて私はハッと気付いた。
今は夜。夜に男に「寝室に来て」なんて言ったら絶対そっちの意味に取られるわよね!
やだ、私ったらいつも一緒にいるからサタンのこと「男性」って意識がまるでなかったわ。
「ご、ごめんなさい。そういう意味で言ったんじゃないの。ブランたちが言っていた「隠し通路」の扉がどこにあるかサタンに教えてもらいたくて」
私は思わず顔を赤くしてサタンに説明する。
「……隠し通路ですか?……」
「サタンはブランの護衛騎士をしていたから「隠し通路」の存在を知っていたんじゃないの?」
「……はい……」
「私の寝室にも「隠し通路」に続く扉があるはずなんだけど私にはどこにあるか分からないからサタンなら知ってるかと思って。それで呼んだのよ」
そうよ。私は単純にサタンに「隠し通路」に続く扉がどこにあるか聞きたかっただけなんだから!
「……そうですか……」
「だから寝室に入ってちょうだい」
「……分かりました……」
サタンは寝室に入り真っすぐに棚の横の壁に近寄る。
「……ここに扉があります……」
「え? どこどこ?」
私には普通の壁にしか見えない。
「……この壁紙の切れ目の部分に……扉を開けるために手をかける部分があります……」
サタンの示す部分を見ると花柄の模様で分かりづらいが確かに僅かに手をかけられるような窪みがある。
「この僅かな窪みがそうなの?」
「……はい……」
「どうやって開けるの?」
「……窪みに手をかけて……自分の方に引っ張ります……」
私はサタンに言われた通りに窪みに指をかけて引っ張ってみるが動かない。
「引っ張ったけど開かないわよ」
「……少しお待ちください……」
サタンは私と場所を代わりその扉がある場所に片膝をついて座る。
そして自分の腰の部分に携帯していた短剣を抜いた。
短剣で何をするんだろう。
「何をしてるの? サタン」
「……釘を抜きます……」
釘?
よく見ると壁と床の間に三本の釘のような物が見えた。
サタンは器用に短剣を使って釘を抜く。
「……これで開きます……」
私はさっきと同じように窪みに手をかけて引っ張った。
するとガタンと音がして人が通れるくらいの大きさの分だけ壁が開いた。
中を見ると細いが通路があった。
なるほど。さっきは釘があったからそれに扉が引っかかって扉を引っ張っても開かないようになっていたのね。
ん?でもこの扉は寝室側に開くようになってるなら隠し通路側からは押さないといけないわよね。
釘で開かないようにしてたら隠し通路側からはこの寝室には入れないってこと?
「ねえ。サタン。この扉って寝室側に開くなら釘を打っていたら隠し通路側からは開けないわよね?」
「……はい……」
「なんで釘で開かないようにしてあったのか、分かる?」
「……はい……私が釘を打ちましたから……」
え? サタンが釘を打って開かないようにしたの?
「何でそんなことしたの?」
「……アリサ様を……ブラント王太子たちから守るためです……」
つまりブランたちが鍵を使って私の寝室に侵入しようとしてもできないようにサタンに先手を打たれてたということね。
さすが私の護衛騎士だわ。
この国の王太子や王子からも私の身を守ってくれていたなんて。
「サタン。今ほど貴方が私の護衛騎士だったことに感謝したことはないわよ。私の身をあの二人から守ってくれていたのね?」
「……はい……」
サタンは無表情に答える。
この悪魔は味方にしておいたら「最強」ね。
だって相手が「王族」でも容赦しない「悪魔」だもん。