第203話 処刑すればいいというわけではありません
「なぜ、その帳簿を!? 寝室に隠して置いたはずなのに」
オレンジ伯爵は真っ青な顔になって私の手元にある「裏帳簿」を見た。
寝室に隠してあった?
放置していたの間違いでしょうが!
「実はオレンジ伯爵が用地買収の予算を着服しているという情報を得てな。リサには屋敷内で証拠を探してもらっていたのだ」
ゼランはそう言ってオレンジ伯爵を睨みつける。
「この裏帳簿によると用地買収に関係するお金を誤魔化して高い美術品を購入していたのは明白。罪を認めるな?」
「くっ!」
オレンジ伯爵は悔しそうにゼランを見つめる。
「も、申し訳ありません!使い込んだ国の予算は購入した美術品を売ってお返しいたしますのでどうかお許しください!」
オレンジ伯爵の言葉に私とゼランは顔を見合わせる。
いや、それって無理だと思うわよ。
貴方の購入した美術品って「安物」だからさ。
全部売っても元手の金額にはならないわよ。
商人に騙されていたのは本当のようね。
「それは無理だな。お前が購入した美術品は全て安物だ。売ったところでたいした金額にはならない」
「そ、そんな馬鹿な!?」
「ではそこにある壺をお前はいくらで購入したのだ?」
ゼランは部屋に飾ってある10万円の壺を指差す。
「え? えっと、それは確か100万円だったはず……」
「この壺は10万円の価値しかないぞ」
「そんな……人を騙すなんて酷過ぎる……」
オレンジ伯爵は力が抜けたように項垂れた。
人を騙すなんて酷いって言ったってオレンジ伯爵だって住民を騙していたんじゃない。
こういうのを自業自得って言うのよね。
「罪は認めるのだな?」
「……はい……」
「ではオレンジ伯爵を「犯罪者」として認定して「死罪」とする」
ゼランの言葉に私は驚いて目を見開いた。
そして以前ワイン伯爵領で脱税の罪を犯した村長の事件を思い出した。
そうだった! この国では「犯罪」を犯して「犯罪者認定」を受けると「死罪」になるのが普通だったわ!
だけど「できる規程」を利用して村長の事件の時は「死罪」以外の刑罰を与えることになったのよね。
領主貴族としては失格だし「罪」を犯したのも事実だけどさすがに「死刑」は重すぎるわよね。
それにワイン伯爵領では「できる規程」を使って「殺人」以外の罪の人たちは「懲役刑」にできたから忘れてたけどこの国の他の領地では「犯罪者」は「死刑」というのがまだまだ「基本」だったこと忘れてたわ。
ゼランは立ち上がりスラリと剣を抜いた。
ちょっと待って! この場で「処刑」するつもり!?
いくらなんでも横暴過ぎるわよ!
「ブラント王太子様。お待ちください!オレンジ伯爵をこの場で「犯罪者認定」して処刑するのは私は反対です」
「ん? ああ、そうか。人を斬るのを見せるのはリサには可哀想だから別部屋に行ってていいぞ。すぐに終わる」
だから! そういう問題じゃないのよ!
確かに目の前で人が殺されるのは見たくないけどさ!
「ブラント王太子様。確かにオレンジ伯爵は「罪」を認めましたし、証拠の裏帳簿もあります。しかしオレンジ伯爵に偽物の美術品を売っていた商人も捕まえた方が良くないですか?」
私はなんとかゼランにこの場でオレンジ伯爵を「処刑」しないように説得を試みる。
「むう。それは確かにそうだが……」
「まずはオレンジ伯爵からその商人の情報を聞き出したり他にもオレンジ伯爵が何かの「不正」を行っていたかもしれないのでその調査が終わった後でオレンジ伯爵を「処罰」しても遅くはないと思います」
ゼランは少し考えていたがやがて言葉を発した。
「リサの言う通りまずはオレンジ伯爵に余罪がないか取り調べることにする。それと偽物の美術品を売っていた商人も捕らえることにする。とりあえずオレンジ伯爵の身柄は王都の刑務所に入れておけ」
「はい。ブラント王太子様」
オレンジ伯爵は特殊部隊の騎士の人たちに連れて行かれた。
ふう、とりあえずこの場所で血の雨が降るのは避けられたけど、これを機会に「犯罪者」は「死刑」っていう刑罰の基本はなんとかしなきゃね。
「殺人」のような重い罪ならともかく全ての犯罪者が「死刑」ってのはやり過ぎだもんね。
ここはひとつブランたちの「権力」を使うしかないか。
「この場で「処刑」でも良かったんじゃないか?」
変装して特殊部隊の中にいたブランが部屋に私とブランとゼランとサタンしかいない状態になってからゼランに声をかけた。
「私もそう思うがアリサの言い分も理解できるだろ? 悪い膿は全て一網打尽にした方がいい」
「まあ、それもそうだな。アリサの言うように「処刑」はいつでもできるし」
ブランが肩をすくめたところで私は二人に話を切り出した。
「ブラン様、ゼラン様。ひとつお願いがあるのですが……」