第20話 現場を知ることは大事です
その日の夕食の時にローズ夫人の不満が爆発した。
「アリサは女の子なのにドレスの一つも作らないのでは伯爵家の面目が立ちません!」
私が資料倉庫の整理のためにドレスを作りに町へも行かず、更に男装して作業していたのがローズ夫人は不満だったらしい。
そういえばローズ夫人は娘が欲しかったらしいから、私が娘になって着飾れる楽しみを持っていたのかもしれない。
クリスのようなイケメン予備軍が息子でもやはり男の子である以上娘のようには着飾ることはできないだろう。
「明日は私と一緒に町にドレスを作りに行ってもらいます!」
ローズ夫人の宣言にワイン伯爵は頷く。
「そうだな。書類整理も落ち着いたし、明日は町に行って来なさい、アリサ」
「でも明日は村長たちが……」
そう書類提出の期限は明日の正午だ。
各村長たちが書類を提出にくるはず。
「書類を受け取ることぐらいは私にもできるさ。安心しなさい」
いや、貴方の事務力の無さは天下一品だから不安しかないんですけど……。
「アリサ。明日の書類の受付は僕も父上と一緒にやりますから安心して出かけてください。アリサはここへ来てからずっと屋敷にいたからたまには町の空気も吸って来て下さい」
クリスがにこやかに笑顔を浮かべる。
うう、小学6年生がこれだけ頼もしく思えたことはないわ。
嬉しくて泣きそうよ。
でも確かにこの異世界に来て私が知っているのはこの伯爵家の屋敷の中だけ。
これでは領民がどのような生活をしているかは分からない。
そうよ。現場を知ることは公務員としてのスキルを上げるのに必要なことだったわ。
私が務めていた地方自治体にもエリート組と言われる人たちはいた。
私は高卒で試験を受けて入ったがエリート組は大卒や大学院卒などの学歴を持った人たちだった。
そして私はそのエリート組の新人と電話でやり合うこともあった。
エリート組は基本的には本庁に勤めることが多い。
年数が経てばエリート組も現場を知るために出先機関に移動させられたりするのでそういう現場を経験したエリート組はまだマシ。
問題は現場を知らないエリート組の若手職員だ。
自分の成績を上げるためなのか知らないが机上の空論で私たちにいろんな要求をしてくる。
現場で住民たちに直に接して仕事をしている私たちには「そんなの無理だろ」ということでも無茶ぶりしてくるのだ。
そのために電話などで喧嘩の一歩手前になることもある。
公務員は現場を知って一人前だと私は思っている。
つまり今回のドレスを作りに町に行くことは町の暮らしを見ることができるということだ。
それなら私も文句はない。
それに異世界の町には私も興味がある。
もしかしたら見たことない食べ物もあるかもしれない。
私は段々ワクワクした気分になってきた。
クリスがいればきっと私が留守にしても大丈夫だろう。
そもそも帰って来てから村長の提出した書類のチェックをすればいいしさ。
「お母様。私も町に行ってみたいです」
「まあ、そうよね。たくさんお買い物しましょうね」
ローズ夫人はとても喜んでいる。
「じゃあ、明日は朝食食べたら出かけましょう」
「はい。お母様」
私は初めて見る異世界の町を想像して楽しい気分で就寝した。




