第2話 クリスはイケメン予備軍です
「良かった。気が付いたんですね?」
笑顔で私のいるベッドに近付いて来た少年を見て私はあんぐりと口を開けてしまった。
少年の髪は銀髪で瞳は青い。
銀色の髪は窓から入る太陽光でキラキラ輝いている。
その銀髪は本物かしら?それとも染めているのかしら?
銀色に輝く髪も気になったが少年の顔も綺麗な顔立ちをしている。
十二、三歳だとは思うが大人になったら周囲が騒ぐこと間違いなしのイケメンだ。
だけど知り合いにこんな子はいない。
こんな綺麗な子を見たら忘れるはずがない。
だって私はイケメン好きなのだから。
「体調は大丈夫ですか? 痛いところはありませんか?」
少年は心配気に私に尋ねる。
だが私は自分の疑問をぶつけた。
「その銀髪って本物?」
「え?」
少年は驚いたように目を見開く。
私も後で考えた時になぜこんな質問を一言めにしたのか分からない。
もっと聞くことはあったはずだ。
「ここはどこ?」とか「貴方は誰?」とか。
だけど私の口から出て来たのはその言葉だった。
「は、はい。本物ですが……」
「すごい! こんな綺麗な銀髪は初めて見たわ! 貴方、大人になったらイケメンになるわよ!」
「い、イケメンですか……」
私のテンションの上がり方に少年はついて来れなくなっているようだ。
こんなイケメン予備軍に会わせてくれるなんて、神様、感謝します。
私は心の中で神様にお礼を言う。
そこで少年が困惑している表情を見せたので私もハッと我に返る。
いけない、またイケメン好きが暴走してしまったわ。美紀に言ったら笑われるわね。
えっと、少年が言った言葉は何だったっけ?
そうだ、体調についてだ。
「あ~、私の体調は大丈夫よ。ところでここはどこか教えてくれる?」
私がようやくまともな答えを言ったせいか少年はホッと息をつく。
「ここはワイン伯爵家です」
「は? ワイン……はくしゃくけ?」
「はい」
私は頭の中で今の言葉を反芻する。
はくしゃくけ……ああ、伯爵家ね……ってなんで伯爵なんて出てくるのよ! 日本に伯爵なんていないはず。
私は恐る恐る聞いてみる。
「ここは日本じゃないの?」
「にほん?……いえ、ここはダイアモンド王国のワイン伯爵家の屋敷です。貴女は外国から来たのですか?」
少年の問いに私は「ハハ……」って引きつった笑いを浮かべた。
私だってその可能性を考えていなかったわけじゃない。
ライトノベルによくある異世界へのトリップ物語は私も好きで読んでいたけど、ここは異世界なのね。
だって「ダイアモンド王国」なんてふざけた名前の国が地球上にあるわけないじゃない!
「ダイアモンド王国ってダイアモンドが取れるから?」
「え? 確かにダイアモンドは取れますがダイアモンド王国以外でもダイアモンドは取れますよ」
「へえ、そうなのね……」
私は自分でも驚くぐらい冷静になっている。
なんの因果で「ダイアモンド王国」なんてわけ分からないところにトリップするのよ。
待って、異世界ならドラゴンとか魔法とかあるかもしれない。
そうよ、そして私には何か力が備わっていて勇者になるためにこの世界に来たのかも。
そうだわ、まだこのイケメン予備軍の子の名前を聞いてなかったわね。
「ところで貴方のお名前は?」
「ああ、これは失礼しました。まだ、名乗っていませんでしたね。僕はクリスタル・ロゼ・ワインです。ワイン伯爵の息子です。クリスって呼んでください」
少年はとびきりの笑顔を見せる。
だが私の心は冬のように凍り付く。
クリスタル・ロゼ・ワインって……。何なのそのふざけた名前は?
クリスが愛称なら本名はクリストファーとかじゃないの、普通。
クリスタルって水晶よね。
確かにクリスは輝いてキラキラしてるからクリスタルっていう気はしないでもないけど、その後のロゼ・ワインってなに?
水晶なのワインなの!?
私は頭が痛くなったが私も名乗らないわけにはいかない。
えっと、ここは外国風に名乗った方がいいわね。
名前を先にして漢字の名前もこの際カタカナにした方がいいわね。
郷に入っては郷に従えよ。
「私はアリサ・ホシツキよ。アリサって呼んで。クリス」
「アリサですか。綺麗な名前ですね」
いえ、貴方の名前には負けるから。
「ねえ、ここにはドラゴンはいるの? 魔法も使えたりするのかしら?」
「え? ドラゴン……。魔法ですか?」
明らかにクリスは戸惑った顔をしている。
あら? ドラゴンや魔法がない世界なのかしら?
「ドラゴンはおとぎ話の本で読んだことはありますが実物はこの世界にはいませんよ。それに魔法使いもいませんし……」
私はクリスの言葉にガッカリする。
異世界にドラゴンや魔法は付きものじゃないの?
「じゃあ、私はどうやって勇者になったらいいのよ」
「は?……勇者ですか?」
「私を勇者として召喚したんじゃないの?」
「いえ、貴女はこの屋敷の庭で倒れていたのを私が見つけてこの部屋に連れて来ました」
クリスは真面目に答える。
真面目な顔をしてもイケメンはイケメンね。
なんか悔しいけど仕方ない。
で、私は勇者として召喚したわけでもないのね。
「ステータス! オープン!」
しかし何も出なかった。
クリスは不思議そうに私を見ている。
ええ、分かっていたわよ。私が勇者じゃないことは。
私は少し恥ずかしくなり顔を赤く染める。
そういえば私の荷物はどうなったのかしら?
「ねえ、クリス。私の荷物は落ちてなかった?」
「荷物はありませんでした。だから貴女の身元も分からなかったのですが父上が貴女を保護することに同意してくれたので」
そうか……。私の荷物は無いのね。
私はふとそこでこの世界に来た時に美紀とスマホでやり取りしていたのを思い出した。
突然私が消えて美紀も家族も心配してるだろうな。
そう考えていると涙が自然と零れて来る。
「アリサ。泣かないでください。何か悲しいことを思い出したんですね」
クリスは私を支えるように抱きしめる。
私はまだ少年のクリスの胸の中で泣いてしまった。
もう自分は元の世界に戻れないかもしれない。
家族にも美紀にも会えない。
クリスはギュッと私を抱きしめる腕に力を込める。
私は少しずつ落ち着いてきた。
とりあえず命があっただけでも儲けものだ。
この世界がどんな世界か分からないけれど、少なくともこのクリスは優しい少年だ。
この世界の人たちも優しい人はいる。
それが分かっただけでも幸運と思わないと。
「ありがとう。クリス。もう大丈夫よ」
「アリサは家族がいないんですか?」
クリスは何かを私から感じたらしい。
「ええ。家族とは離れ離れになってしまって……」
「そうですか……。でも大丈夫です。今日からは僕が家族になります」
「クリスが?」
「とりあえず着替えて僕の両親に会ってください」
「分かったわ」
私はクリスの言葉に頷いた。
泣いていても何も始まらない。
ここが異世界だって言うならここで生きていく術を身につけないと。
日本でヒラ公務員だった私ができることなんてたかが知れているけれど。
その時は私はそう思っていた。