第197話 同じ金額ではありません
「こんばんは」
私は道路拡張工事の話をしていた二人に声をかける。
「なんだ? お姉ちゃん」
「なんだかだいぶ怒ってたみたいですけど何かあったんですか?」
私は窓口対応で鍛えた笑顔を見せる。
「お姉ちゃんには関係ないだろう」
ザイルと呼ばれていた男がグラスのお酒を一気に飲み干す。
そこですかさず私はザイルに言う。
「怒りの感情は身体に良くないわ。次の一杯は私が奢るから飲んで」
「え? いいのかい?」
「ええ。そちらの方もお代わりをどうぞ」
私はザイルと一緒に飲んでいた男にも笑顔で話しかける。
「悪いな。お姉ちゃん」
「これくらいかまわないわよ。私は旅人でこちらの男性とこの町に来たの。少し一緒に飲んでいい?」
ザイルはブランを見る。
「ああ、別にかまわないが……」
そう言ってザイルは私とブランが座れるように席を詰めてくれた。
私とブランはザイルたちと同じテーブルに座った。
「ありがとう。私はリサよ。こっちはブラン」
「俺はザイル。この男は友人のガイだ」
私たちは自己紹介をした。
ブランのことをそのままブランと紹介するか一瞬悩んだが以前ブランたちからブランやゼランの愛称で呼ばれる者は多いという話を聞いたのを思い出してそのままブランの名前を言った。
だがザイルもガイもブランがブラント王太子と気付いていないようだ。
「それで何を怒っていたの?」
「ああ。この町で道路拡張工事が行われるんだが道路になる予定地の者は引っ越すように言われてるんだ」
「それでザイルは引っ越すのが嫌なの?」
「いや、引っ越すこと自体は問題じゃない。道路が整備されるのはいいことだと思うがオレンジ伯爵が引っ越し代としてくれるお金では到底引っ越しができないのが腹が立つんだ」
やっぱり「用地買収」の金額の問題みたいね。
「ザイルはこの町では大きな商店をやっていてね。その商店を引っ越すとなると他の者と同じ金額では大赤字になってしまうのさ」
今度はガイが教えてくれる。
なるほど。大きな商店をやっているから引っ越し代もたくさんお金が必要なのね。
でもちょっと待って今「他の者と同じ金額」って言わなかった?
用地買収では普通は個人の家や土地の価値を客観的な資料から計算して買収金額を計算する。
当然ザイルのように商売をやっているお店の買収になると単純に引っ越すお金だけでなく引っ越す間商売ができないため本来普通に商売をしていた時に発生する売り上げに対しての補償額も上乗せされるのが普通だ。
「ザイルがもらえるお金ってお店とかをやっていない個人の人と同じ金額なの?」
「ああ。そうなんだ。酷い話だろ?」
確かにそれではザイルが不満を持つのも分かる。
この国では用地買収のお金は「定額」だったりするのだろうか。
「ねえ、ザイル。その金額を決めた人は誰なの?」
「え? そりゃ、オレンジ伯爵さ。何でもこの国ではそういう風に決まっているって言っていたが……」
その時に私はブランの手がピクリと動いたのを見逃さなかった。
「本当にオレンジ伯爵は「国で決まっている」と言ったのか?」
それまで黙っていたブランがザイルに確認する。
「ああ、そうさ。その分の予算しか国からもらってないから増額するのは無理だって言われたんだ。まったく「国」は国民の生活をちゃんと見て欲しいよ」
「そうか。金は先払いしておくからもっと酒を飲んでいてくれ」
「本当かい? お兄ちゃん」
「ああ」
そしてブランが席を立ったので私もブランに続いてサタンのいる自分たちのテーブルに戻った。
「ブラン様。先ほどのザイルの話は本当ですか?」
「いや、国は土地や建物を買収する時には個人の事情などに応じて買収金額を決めることになっている。その分の予算はオレンジ伯爵に渡しているはずだ」
「え? ってことは……」
「おそらくオレンジ伯爵が用地買収の金を自分の懐に入れている可能性が高い」
ブランは低い声で言った。
「そうですか。でもオレンジ伯爵が本当に不正を行っているか確かめないとですね」
「ああ。とりあえず今夜は帰ろう」
私とブランとサタンは酒場を出て伯爵家に戻った。