第196話 お酒の場でも要注意です
夕方になり私とブランとサタンは町へと出かける準備をする。
私は黒髪を纏めて茶髪のカツラを被った。
ブランも茶髪のカツラとマスクをしていて服装は騎士服から旅人風の服装に着替えている。
町の人間の中にはブラント王太子が視察に来ていることを知っている者もいるかもしれないので「騎士服」だと王太子の関係者と思われるからだ。
そしてサタンは銀髪はそのままだが銀の瞳を隠すためにサングラスをしている。
サングラス姿のサタンってかなり迫力あるヤーさんよね。
大丈夫かな。
この国で銀髪は目立たないだろうが私は今までサタン以外に銀の瞳の人間には会ったことがない。
もしかしてサタンって本当に「人間」じゃなくて「悪魔」なのかなあ。
そんなことを考えているとオレンジ伯爵の使用人が「ブラント王太子」を夕食にと報せに来た。
この場合の「ブラント王太子」はゼランのことだ。
「じゃあ、私はオレンジ伯爵と夕食を食べて来るからアリサも気を付けてね」
「はい」
ゼランは白い王太子の服のまま部屋を出て行った。
「じゃあ、我々も出発するか」
「はい。ゼラン様」
部屋にはサタン以外の特殊部隊の人もいるので私はブランをゼランと呼ぶ。
そして私とブランとサタンはオレンジ伯爵家を歩いて出発した。
馬を使うと馬を預けたりしなくちゃいけないので歩いて行くことになった。
「ところでどこに向かっているんですか?ブラン様」
「ああ、どこの町でも情報が集まるのは「酒場」だ。だからそこへ行く」
「そうなんですね」
まあ、夜に人が集まる場所っていったらやっぱり「酒場」とかよね。
それに人間はお酒が入ると口が軽くなったりするし。
私はよく職場の人とも飲みに行ったがみんな自分たちが「公務員」ということを自覚していてあまり仕事のことは話さなかった。
公務員は個人情報を多く知る立場なので無闇に仕事の話はできない。
お酒を飲む時も自分たちの会話を隣りの席の見知らぬ人が聞いてしまう可能性を常に考えなければならない。
居酒屋で聞きたくなくても他のグループの話が聞こえてしまうことはよくある話だ。
私とブランとサタンは灯りが煌びやかに灯っている一軒の酒場らしき場所に着いた。
「ここにしよう」
ブランがそう言って中に入って行く。
「いらっしゃいませ!」
中はたくさんの人たちが賑やかにお酒を飲んでいる。
ああ、私も美紀とまた一緒にお酒飲みたいなあ。
「こちらにどうぞ」
店の人がテーブル席に案内してくれた。
「適当に頼むがいいか?」
「はい。お願いします」
ブランは三人分のお酒とおつまみを頼んだ。
すぐにお酒が運ばれてくる。
「けっこう人がいますね」
「ああ、王都の酒場ほどじゃないがな」
ブランは自分のお酒を一口飲む。
さてこれからどうやってオレンジ伯爵と揉めている出来事をこの中の人たちから聞き出すか考えないとね。
すると私たちのテーブルの横にいた男の人が突然「ドン」とテーブルを叩く。
「まったく伯爵も俺たちを馬鹿にしてる!商売人の商売をなんだと思ってるんだ!」
その男は顔を赤くして自分の連れであろう男に怒鳴る。
「まあまあ、ザイルの気持ちは分かるが「道路拡張の工事」が必要なのは分かるし」
「だが、拡張工事のためにあんなはした金で商店を引っ越ししろなんて無茶苦茶だ! 引っ越しの間は商売ができないんだぞ!」
今「道路拡張工事」って言ったわよね?
それに道路拡張のために商店を引っ越すってことはもしかして揉めているのは「用地買収」の金額のことなの?
国や自治体が道路の拡張工事などをするためにはまず道路の幅の計画を立ててその道路ができる予定地にある個人の土地や建物を売ってもらう必要がある。
その時にはそれ相応のお金を土地や家屋の所有者に払うことになっている。
この交渉がうまくいかないと工事の予定は大幅に遅れることになる。
おそらくあの怒っている人物はその「金額」に不服なのだろう。
「少しあの人の話を聞いてみたいですわ。ブラン様」
「そうだな。声をかけてみるか」
私とブランは二人のテーブルに近付いた。