第194話 仕事を任されると嬉しいです
「ごめん、ごめん、アリサ。こうしないと三人になる時間が取れないからさ」
ゼランはそう言って私に謝る。
「ゼラン。アリサにくっつき過ぎだ」
ブランはゼランに文句を言った。
「何を言ってるんだ。この作戦で行こうって言ったのはブランだろ?」
「むう、確かにそうだが」
ブランはまだ不満そうだが私はとりあえずこれ以上二人が喧嘩しないように中に入る。
「お話は分かりましたがとりあえず座りませんか?ブラン様、ゼラン様」
「ああ、そうだな」
「そうだね」
私たちはソファに座った。
「ブラン様。ゼラン様からお二人が入れ代わっている理由は聞きましたが「視察」を自らの目で行うのが目的なんですよね?」
「ああ、そうだ。だから夕方になったら私は町へ行くつもりだ」
「ブラン様だけでですか?」
「ゼランにはオレンジ伯爵と夕飯を共にしてもらって「視察」は明日ということで伯爵を欺くことにする。その間に私は一足先に町の人間の話を聞いて来る」
なるほどね。オレンジ伯爵はブラント王太子がこの屋敷にいれば、まさか本物のブランが町に行って住民から話を聞いてるなんて分からないわよね。
「それって私も連れて行ってもらえませんか?」
「アリサを?」
「私も直に住民の話が聞きたいです。首席事務官として対応できることならしたいですし」
住民の話を直に聞けるチャンスは逃したくない。
そのトラブルを自分が解決できるかは別としてもトラブルの真の姿が見えなければ対処のしようがない。
「しかし、アリサはブラント王太子の侍女ということになってるしなあ」
「あ、それなら私も変装します」
「え? アリサも」
「はい。カツラを被れば大丈夫かと。まだオレンジ伯爵は私の顔を完全に覚えているとは思えませんし、夜なら誤魔化せるんじゃないかと思うんですけど」
そう、私の一番の特徴はこの国ではほとんどいない黒髪の黒い瞳だ。
瞳の色は変えられなくても黒髪はカツラで隠せる。
「そうか。では夕方までに変装の準備をさせよう。それとアリサは疲れて先に部屋で休んだことにしよう」
ブランはそう言って私の意見を取り入れてくれた。
「ブラン。あくまでこれは「仕事」だからな。アリサに手を出すなよ」
「ゼランだって「仕事」でさっきアリサと身体をくっつけていたじゃないか」
ブランとゼランはお互いに言い合う。
「ゼラン様。ブラン様と一緒に出かけてもサタンはついて来るのでしょうから大丈夫ですよ」
サタンは主人である私から離れることはない。
「それはそうだが……そうだな、サタンがいれば安心だ」
「それにもしもの時のためにイリナには私の代わりをしてもらいましょう」
「イリナに?」
「その方がより完璧にオレンジ伯爵を欺けるじゃないですか」
イリナに私が夜出かけることを話せば必ず「自分も行って姐さんを守ります」と言うに決まっている。
まだイリナは成長途中だから身体に負担のかかる護衛の仕事はさせたくないからイリナにはイリナの役目があるとした方がイリナも納得するだろう。
「それもそうだな。ではその作戦で行こう」
私は廊下で待機していたイリナとサタンを部屋に招き入れた。
そして私は二人に今夜の作戦を話した。
「え? 姐さんとゼラント王子殿下が町へ行かれるのですか? 危なくないですか?」
イリナはブランとゼランが入れ代わっていることは知らないので私が今夜一緒に町に出かけるブランをゼランと勘違いしている。
まあ、イリナには入れ代わっていることは話せないわよね。
護衛の特殊部隊の人たちにも内緒なんだから。
「大丈夫よ、イリナ。それより貴女には私の身代わりというとても「重要」な仕事を任せるのだから頑張ってね」
私はあえてイリナに与える役は「重要」だと強調する。
実際は私の代わりに部屋で寝たフリをするだけなのでそれほど危険な役目ではないが。
「分かりました! 必ず姐さんの身代わりを完璧にしてみせます!」
イリナは興奮気味に答える。
仕事を任せられることにやりがいを感じているのかもしれない。
そうよね、自分に任される「仕事」があるとやりがいを感じるわよね。
公務員になって右も左も分からない新人の時を乗り切り始めて自分に任された「仕事」ができた時は私もやりがいを感じたのを思い出す。
新人の頃は基本的に「主任クラス」の人物が仕事をフォローしてくれるがそれも僅かな間だ。
「少数精鋭」の人事制度では早く一人前になって仕事をしてもらう即戦力が求められる。
ある新人は一度一般企業で働いてから公務員になった人だったので基本的なパソコン作業や電話や窓口対応もできた優秀な人物であったがそんな人もある日悩みを言っていた。
『自分は中途採用だから新人と言っても「仕事ができて当たり前」という扱いを受けるのでプレッシャーを感じる』と。
同時に先輩職員は『昔は年数をかけて人材育成をしたもんだが今は新人にも「即戦力」が期待されていて今からの新人は大変だと思うよ』とも言っていた。
私は「即戦力」を求めること自体には反対ではない。
「即戦力」を期待するのは公務員だけでなく一般企業も同じだと思うからだ。
だが公務員には公務員の仕事特有の「経験」が必要な場合がある。
「即戦力」を求めるあまりに「経験」を積む時間が新人職員に減ってしまったという弊害もあるのも事実だ。
私が幸運だったのは周囲の職員が「経験豊富」な方たちが多かったことだろう。
先輩職員からの「経験」の話を聞くだけでもとても自分の仕事の役に立った。
そして自分の担当として一つの「仕事」を任されるようになれた時は嬉しかった。
だからイリナの自分に「仕事」を任されて喜ぶ気持ちは分かる。
「期待してるわよ。イリナ」
「はい! 姐さん! じゃあ、私は姐さんが町に行くためのカツラと服を準備します!」
イリナはやる気満々で部屋を出て行った。