第193話 私は王太子の侍女ですか
王都を抜けて街道を走ると街道を馬に乗ったり歩いている人たちは私たちの乗る馬車に道を譲る。
第一特殊部隊の騎士が先導しているし馬車には王家の紋章も付いているから私たち一行が王族関係者だということはすぐに分かるのだろう。
私はその様子を馬車の窓から見る。
それにしても歩いて旅をする人も大変ね。
早く乗合馬車ができるといいわ。
徒歩での移動はどうしても時間がかかるしお年寄りや子供を連れての移動は大変だ。
そんな人たちにはぜひ乗合馬車を使ってほしい。
やがて馬車のスピードが落ちて町が見えて来た。
ワイン伯爵家のある町より大きいようだ。
「もうすぐオレンジ伯爵領の町に入るよ」
王太子姿のゼランがそう教えてくれる。
オレンジ伯爵か。どんな人なのかな。
話の分かるような人だといいけど。
馬車が町の中に入ったが王都の街道と比べて道が悪いらしく馬車が揺れる。
そういえば「道路拡張工事」が行われているはずよね。
今回はそれに関するトラブルだもんね。
こんなに町の中の道路で馬車が揺れるなら道路の工事が必要なのも分かるわ。
町の真ん中くらいに大きな屋敷がある。
おそらくそこがオレンジ伯爵邸だろう。
先に連絡がいっていたのかオレンジ伯爵家の門は開かれていて馬車はその門を通り屋敷の前で停まる。
「ブラント王太子殿下のお着きである」
先導していた第一特殊部隊の人の言葉が聞こえて馬車の扉が開いた。
先にゼランが降りて私に手を貸してくれる。
屋敷の前には何人かの人が頭を下げて待っていた。
「面を上げよ。オレンジ伯爵」
ゼランの声で一番豪華な服装をしていた男性が頭を上げた。
年齢は40代くらいで茶髪に青い瞳だ。
「お待ちしておりました、ブラント王太子殿下。この度は私どもの領民がお手を煩わせてしまったようで申し訳ありません」
オレンジ伯爵は当然王太子姿のゼランに話しかけている。
ブランとゼランが入れ代わっているなど気付いていない。
「うむ。気を病むことはない。今回の視察はオレンジ伯爵領内の定期視察も兼ねたモノだ。住民とのトラブルがあるならその話も聞きたいがそれはあくまでついでだ」
ゼランは「住民とのトラブルはついで」と言った。
あら?メインは「住民とのトラブル」の視察じゃなかったっけ。
「そうでしたか。いや、特にブラント王太子殿下のお手を煩わせるような大きな問題ではないのです。一部の血気盛んな者が王宮に訴えたようですが私どもで解決をいたします」
オレンジ伯爵はいかにも問題はないのだという顔をしている。
なるほどね。ゼランの言った通りに領主貴族のオレンジ伯爵としてはトラブルはなるべく隠したいということなのね。
でもその気持ちは分かるわね。
ブランやゼランが領主貴族に問題ありと判断したらオレンジ伯爵の首が飛ぶ可能性も否定できないし。
私はブランやゼランと初めてワイン伯爵家で出会ったことを思い出す。
たしかあの時も問題を起こした領主貴族の首を刎ねたと言ってたもんね。
「問題が無ければそれに越したことはない。少し領地内を視察して帰るまでだ」
「承知しました。その間はこの屋敷にご滞在ください」
そう言った後にオレンジ伯爵は私を見た。
「そちらのご令嬢はどなた様でしょうか?」
私とオレンジ伯爵は面識はない。
私が名乗ろうとするとその前にゼランが言う。
「彼女は私の侍女だ。最近気に入ったので傍に置いている。名前はリサだ」
は?私がゼランの侍女?名前はリサですって?
いえ、ゼランは今はブラント王太子だからブラント王太子の侍女ってこと?
それに気に入って傍に置いてるなんて言ったらただの「侍女」じゃないってことになるんじゃないの?
私がチラリとゼランを見るとゼランが目で私に合図する。
ここは話を合わせろってことね。
「お初にお目にかかります。オレンジ伯爵様。ブラント王太子殿下の侍女のリサです」
私はオレンジ伯爵に挨拶をして頭を下げる。
「そうでしたか。ブラント王太子殿下のお気に入りの侍女様ですね。私はマリオ・オレンジ伯爵です。今後ともよろしくお願いします」
オレンジ伯爵は私をあっさりとブラント王太子の寵愛を受けている侍女だと勘違いしたようだ。
ゼランは私の腰に手を添える。
「少し休みたい。部屋へ案内してくれないか」
「承知しました。こちらにどうぞ」
私とゼランはオレンジ伯爵家の客室に案内してもらう。
「視察は明日行いたい。彼女とゆっくり休みたいのでね。護衛は私の騎士がするからこの部屋には使用人は近付けないでくれ」
「はい。ごゆっくりお過ごしください」
ゼランが私の身体を思わせぶりに自分に引き寄せるとオレンジ伯爵は慌てた様子でそう言って出て行った。
オレンジ伯爵の代わりに部屋に入って来たのは騎士の姿をして変装しているブランだった。
私はゼランから身体を離す。
部屋の中には私とブランとゼランの三人になる。
「ゼラン様。私の正体を隠すなら先に説明してください」
私がゼランを睨むとゼランは笑みを浮かべた。