第19話 希望は捨てません
クリスが私の部屋から帰ってから私はベッドに横になりながら先ほどのクリスとの会話を考えていた。
この世界は日本語が通じるし文字も日本語だ。
だが100%日本と同じというわけではなさそうだ。
だって弁護士とか公務員とかの単語は通じなかったし。
まあ、それはこの世界が日本と全く同じだということではないからだろう。
貴族が存在する時点で日本とは明らかに違う。
でも単語や日本にある物が無いとかの違いは些細なことだ。
それにここにも法律がある。
私はクリスから渡された法律書を手に取る。
何か困った時はこの本を読めば解決策が浮かぶかもしれない。
鬼に金棒、公務員に法律書、である。
公務員の仕事は法律のどこかに違反していては成り立たない。
逆に法律の根拠さえ押さえておけばやりたいことができる。
「とりあえずは保管資料の整理を村長たちが報告書を出して来るまでに終わらせたいわね」
時間は無限ではない。
時間の有効活用こそ効率的な事務の基本である。
「それにしても……。異世界でも事務やってますなんて言ったら美紀は笑うでしょうね」
私は学生時代からの友人の美紀の顔を思い出す。
美紀にはお別れの言葉を言いたかったな。そして二人でモチ大福屋のイチゴ大福を食べたかった。
でも待って。この国にはイチゴ大福は無いけどこの世界にイチゴ大福がないとは限らないんじゃない?
そうよ、希望を捨ててはダメよ。
私は兄の言葉を思い出す。私の兄は元陸上自衛官だった。
その兄は言っていた。「戦場でどのような状況に陥っても希望だけは捨てるな。希望を捨てたらそこで終わりだ」。
分かったわ。お兄ちゃん。私は希望を捨てないで異世界でも生きていきます。
その日私は美紀とイチゴ大福を食べている夢を見た。
夢の中でもイチゴ大福を食べれた私は幸せだった。
次の日、目覚めるとアンナが私の身支度を手伝ってくれる。
だが昨日に引き続き資料整理を行うために私の服は男物の服である。
アンナは明らかに不審そうな顔をしていたが私は説明も面倒なのでスルーした。
朝食を食べてシラーやシャルドネが出勤してくるとこの日の作業が始まる。
けれど手順に慣れて来たのかだいぶ作業のスピードは上がってきた。
私はワイン伯爵と書類の重要度の区別をしている。
書類を手に取り中身を流し読みしていく。
すると段々このワイン伯爵領の産業の中心が何なのかとか、今やってる事業についてのことが分かってきた。
このワイン伯爵領は農業や漁業などを主な産業としているらしい。
そして村によっては織物や木工品の特産物もある。
時間がある時にじっくり書類を見たいものだわ。
私はそう思いながら書類をワイン伯爵と確認しながら仕分けしていった。
その作業は村長たちが書類を提出して来る日の前日までかかった。
「終わったあ~」
「いやあ、疲れたがおかげで資料倉庫が綺麗に片付いたよ。ありがとう、アリサ」
ワイン伯爵は汗を拭きながら私にお礼を言う。
資料倉庫には棚に段ボール箱が整然として並び書類が乱雑に置かれていた状態から考えたら雲泥の差だった。
「お疲れ様です。アリサ」
「クリスも疲れたでしょ。今日はゆっくり休んでね」
「はい。ありがとうございます」
私たちは皆で顔を見合わせて笑顔を浮かべる。
シラーとシャルドネも達成感を感じているのか嬉しそうだ。
そう。たかが事務職と侮るなかれ。
事務の仕事にはこのような書類整理も含まれる。
そして同じ作業をした者たちはなぜか最後には団結感が増して仕事を終わらせるとその喜びを分かち合う。
日本なら絶対この後は打ち上げに皆で行くわよね。
ああ、飲み会がしたい。