第181話 議題は乗合馬車の運行です
首席会議当日。
私は前に首席会議が開かれた部屋に向かった。
部屋に入ると次々と他の首席事務官たちがやってきた。
今日の議題は『乗合馬車の運行』と『高位貴族の納税』だ。
『高位貴族の納税』に関しては高位貴族の代表者たちを含めて話し合うがその前に『乗合馬車の運行』については宰相と首席事務官たちでの話し合いをすることになっている。
高位貴族の代表者たちは呼ばれるまで別室で待機してもらっている。
最後にハウゼン宰相が入って来た。
相変わらずハウゼン宰相は時間ギリギリに来るわね。
「では本日の首席会議を始めます。まずは『乗合馬車の運行』に関してです。アリサ首席総務事務官様、ご説明をお願いします」
進行役の事務官が首席会議の開始を宣言した。
「はい。では説明させていただきます。この『乗合馬車の運行』というのは王都と主要な街または王都と各領地内の町及び王都内を循環する馬車を運行するものです。馬車の種類や構造は別紙Aに記載してます」
私は説明を始める。
「まずこの馬車を運行する目的ですが現在徒歩で王都や町を行き来している国民の足として使ってもらうための馬車です。人流をスムーズにしてそれによる経済活動を活発にさせる目的があります」
ハウゼン宰相は相変わらず配布された資料を見てもいない。
まったく相変わらずの男ね。
「それに経済効果だけではなく体力的に移動するのが大変な子供やお年寄りの足としての意味もあります。この馬車は無料で乗るものではなく安い金額ですが国民は乗車賃を払うことになります。各馬車に乗るための金額は資料1をご覧ください」
「アリサ殿。国民のためならなぜ無料にしないのだ? 無料にした方が国民は喜ぶだろう」
ハウゼン宰相が私に聞いて来る。
なるほど、そう来たか。
「もちろん無料化できれば一番良いでしょうがこの馬車を運行するのにはまず既存の馬車を改造したり、必要な馬車の台数確保、乗合馬車の運行を委託する委託費など初期費用がかかります。初期費用の試算は財務事務省が作成した資料2をご覧ください」
「こんなにかかるのか? これでは予算的に無理なのではないか?」
「だからこそこの乗合馬車は無料ではなく有料にしてその収入で経費の一部を負担するのです。資料3には馬車を無料化した場合と有料化した場合の事業にかかる金額の試算が書いてあります」
ハウゼン宰相は渋々ながら資料を確認している。
「ハウゼン宰相。この試算で運営すれば初期費用は数年後には回収することが可能です。乗車賃を半額で利用する子供とお年寄りの割合も予測して試算しています」
そう発言したのはコインだ。
「ちなみに子供は成人前でお年寄りは60歳以上の者とする予定です」
私がコインの発言に補足する。
「子供や60歳以上だとどうやって証明するのだ?」
「最初に該当する者に役所に来てもらい手続きをして証明書を発行します。その時には手数料をもらいますのでその手数料で発行する事務費の一部を賄う予定です」
「手数料もかかるのか?」
「手数料は最初の一度だけです。長い目でみれば手数料を払っても半額で馬車を利用し続けられるわけですから国民も納得できるかと思います」
ハウゼン宰相は黙って資料を見ている。
「それに人流がスムーズになることによりもたらす経済効果の金額の試算は経済事務省で試算しました。資料4をご覧ください。経費がかかることを踏まえても経済効果の方が大きいかと思います」
ノースが言葉を続ける。
「そして最初にかかる費用だけど、既存の馬車を改造する分、馬車を最初から作るより費用は抑えられるよ」
ギークが更に後押しをする。
「この乗合馬車を運営していけば改善点も見えるはずです。その時には事業の見直しをしつつ運営していけばよろしいかと思います」
最後に私が発言する。
「コイン殿。本当に予算的に問題はないのか?」
ハウゼン宰相は食い下がる。
「ハウゼン宰相。この『乗合馬車の運行』については最初の数年は赤字が見込まれますが先ほどもお話したとおり、十分初期費用を回収することができます。少なくとも財務事務省、経済事務省、オタク事務省でアリサ様の提案を元に試算した結果からみればこれは十分にやる価値のある事業だと思います」
コインはそう言ってハウゼン宰相を見つめる。
そう、新規事業が成功するかはやってみなければ分からない。
事業を行いながら改善していくのは当たり前だし、「費用がかかるから」と言って何もしないのでは国は発展しない。
結果的に事業が失敗する可能性がないわけではない。だからこそいろんな事務省が自分たちの立場でこの事業が成功する可能性を計算するのだ。
その結果をまとめたのがこの『乗合馬車の運行』に関する資料だ。
「リスクは少ないと判断したということか? コイン殿」
「そうです。ハウゼン宰相」
コインの言葉に躊躇いはない。
「よかろう。この『乗合馬車の運行』に関しては私も賛成する」
ハウゼン宰相は私を睨みつけながら承諾した。
まずは一つクリアしたわね。
問題は次の『高位貴族の納税』の方ね。
ハウゼン宰相は絶対反対するだろうし。