第18話 予算要求には根拠が必要です
私が夕飯後、自分の部屋にいると扉をノックする音が聞こえる。
「は~い、どうぞ」
入って来たのはクリスだった。
「アリサ。『ダイアモンド王国の法律書』を持って来ました」
「ありがとう。クリス。少しおしゃべりしない?」
「いいですよ」
私はクリスから法律書を受け取る。
やはりそれなりに分厚い本である。
クリスはこれを全部読んだのよね。凄すぎるわ。
将来は弁護士にでもなるつもりかしら?
私とクリスはソファに座る。
「クリスは文官って言ってたけど弁護士になるの?」
「べんごし……ですか?」
あら? 弁護士ってこの世界にはいないの?
「ほら、何か揉め事とか起こった時に法律に基づいて自分の味方になってくれるような人? かな……」
「もしかして仲裁人のことですか?」
「仲裁人?」
「はい。領主同士とかで交わした契約をどちらかが破った場合に仲裁人が契約書に基づいて話し合いをして相手を処罰してくれるんです」
う~ん、私の言ってる弁護士とはちょっと違うような気がするけど、でも契約書違反の時に仲裁してくれる人はいるのね。
弁護士ってより裁判官みたいね。
「僕は仲裁人ではなく、上位文官になりたいです」
「上位文官?」
「国王に直接仕える文官です。上位文官のトップは宰相です」
ああ、ようするに国家公務員ってことかな。
私はしがない地方公務員の事務職だったけど、クリスの実力なら国家公務員もありよね。
「クリスは頭がいいから、その上位文官になれるわよ」
「ありがとうございます。でもアリサといると文官の実務が分かって嬉しいです」
「そお?」
「はい。文書の保管方法なんて教えてくれる人はいませんでしたから」
まあ、そうね。私は文書管理担当もしたことあるからさ。
でもあの書類の保管方法は文書管理のイロハのイってところだからさ。
「逆に今までどうやって書類を管理していたのか不思議よ」
「ハハ……。すみません。でも過去の書類を見ることなんてほとんどなかったみたいなんで……」
過去の書類を見ない?
それじゃあ、予算要求の金額の根拠はどこから計算してるのよ。
「それでよく予算要求の書類が作成できたわね?」
「請求する予算の金額は村長が希望する金額を足していって決めています」
「……ちょっと待って。それって村長が100万欲しいって言ったら100万を国に要求するの?」
「はい。そうです」
「……その、村長が100万欲しいという理由とか内容とかはどう確認するの?」
「さあ?父上は村長が必要だと言ってるから必要なんだろうって言ってましたが……」
そんな根拠もない予算要求なんて聞いたことないわよ!
村長が言ってることをワイン伯爵は鵜吞みにしてそのまま国に予算要求するなんて削られるに決まってるじゃん!
「なんとなく今までワイン伯爵領に予算が付かないわけが分かった気がするわ」
「そうですか?」
「そうよ。いい? クリス。予算要求というのはね。なぜその金額になるのか、根拠を説明しなければならないのよ」
「そうなんですか?」
クリスは驚いたような表情になる。
「そうなの。そして一番手っ取り早い方法は過去3年間のかかった費用の実績を調べて平均金額を出してそれより少し多く請求するのが普通よ」
「そうなんですか。勉強になります」
「だからそういう意味でも過去の書類に書かれている費用の実績は大事なのよ」
「なるほど。だから過去の書類がどこにあるかすぐに分かるようにしておくんですね?」
「そうよ」
でもクリスの言う通りなら今回もワイン伯爵は根拠のない金額を予算要求するつもりだろう。
はあ、私が一肌脱ぐしかないか。
まあ、任せておいて。私は予算要求の事務はやったことあるからさ。