第175話 必ず自分で確認しましょう
5月に入り私はその日も仕事をしていた。
5月かあ。日本にいたらゴールデンウィークの時期よね。
美紀はどこかに旅行にでも行ってるのかな。
美紀とは長期休みの時はよく旅行に行った。
私の好きな旅行先は京都だ。何回か美紀と一緒に行ってる。
日本にいた頃は新幹線とか飛行機とかあって便利だったなあ。
この世界に新幹線や飛行機が将来できないことはないとは言えないがそこまでの発達した世の中になるまで私が生きてることはないわね、たぶん。
そんなことを考えているとジルに声をかけられた。
「アリサ様。報告事項があります」
「なに?」
「はい。本日より『契約書の義務化』と『文官の給与改定』と『馬番使用料の無料化』の案件が正式に効力を有することになります」
「ああ、そうだったわね」
何をおいても契約書が結ばれなければ何も始まらない。
それに『残業代』もつくようになればジルたちも働く意欲も出るだろう。
馬番使用料の無料化で文官たちも助かるに違いない。
あ、そうだ。イリナに渡すモノがあったんだったわ。
「分かったわ、ジル。ありがとう」
ジルは頭を下げると自分の席に戻る。
「イリナ。ちょっとこっちに来てくれる?」
「はい! 姐さん」
イリナは自分用の椅子から立ち上がり私の前に来た。
「これは貴女を私の『見習い護衛騎士』として雇用する契約書よ。中身をよく読んでサインをしてちょうだい」
「契約書ですか?私が契約書を姐さんと結ぶんですか?」
「……サファイヤ王国には人を雇用する時にその人物と契約書を結ばないの?」
「はい。契約書を作成するのは国同士の決まり事を決める場合だけです」
「そう……サファイヤ王国もそんな感じなのね」
まあ、なんとなくそんな気はしたがサファイヤ王国も契約書を結ぶのは特定の場合だけなのね。
「ダイアモンド王国では人を雇用した時に契約書を結ぶことになったのよ。だからイリナは見習い護衛騎士だけどお給料もちゃんと支払うからそれに関してのことがこれに書いてあるわ」
「へえ、ダイアモンド王国って不思議な国ですね」
サファイヤ王国も不思議な国だと思うわよ。
高貴な尊敬する女主人を「姐さん」って呼ぶ国だもの。
「分かりました! ここに名前を書けばいいんですね?」
イリナは契約書の中身を確認もせずサインをしようとする。
「ちょ、ちょっと、イリナ! ちゃんと契約書を最初から最後まで読んで確認しなさい」
「え? でも姐さんが作ってくれた契約書なら特に問題ありませんが……」
イリナは不思議そうに私を見る。
イリナって真っ先に詐欺に引っかかるタイプね。
信頼されてるのは嬉しいけど、何でもかんでも確認しないで契約書を結ぶのは良くないことを教えないとだわ。
「いい? イリナ。契約書というのはとても大事な決め事なのよ。だから自分で全部確認しないとダメよ」
「でも……これってかなり文章量が多いから確認するのに時間かかりますよ?」
「かまわないわ。私がここでの仕事中はイリナは特にやることないんだから、椅子に座って読みなさい。これは命令よ!」
「分かりました! 姐さんの命令ならそうさせていただきます!」
そう言ってイリナは契約書を持って自分の椅子に座り読み始める。
ふう、確かに契約書ってやたら細かい文字で書いてるから自分で隅から隅まで読むことはあまりないわよね。
日本にいた時も何かの契約をする時は担当者から説明を受けただけで自分のサインを契約書に書く人の方が多いと思うし。
ネットでの契約事項や同意事項を最初から最後まで確認して「同意する」にチェックする人はどれぐらいいるかしら。
私もめんどくさいと思って読み飛ばして「同意する」にチェックをしたこともある。
でも本来なら時間をかけても自分で契約書や同意書を確認するのが大事だわ。
契約書というモノが普通に交わされることがないこのダイアモンド王国に来たからこそ、私は改めて契約書の大切さを知った気がする。
そしてそれから数日後ワイン伯爵家からキャサリンの誕生日に贈るプレゼントが届いた。
私は中身が私の注文通りのモノか確かめて微笑む。
これでいいわ。キャサリンが私を利用してブランやゼランを自分の誕生日パーティーに呼ぼうとするなら私もキャサリンのことを利用させてもらうことにしましょう。
そしてキャサリンの誕生日の日がやってきた。