第173話 クリスの恋が実りました
「ビューティー侯爵はブラン様やゼラン様の幼馴染なんですか?」
「ああ、そうだよ。ビューティー侯爵、いや、ジャネットは私たちとは幼馴染だ」
「ジャネットの母親は先代国王のイトコに当たる人物でね。王家とも繋がりが深いから私たちとは幼い頃から付き合いがある」
へえ、ブランやゼランにも幼馴染がいたのね。
しかも女性の幼馴染ならビューティー侯爵はブランやゼランの婚約者候補になったことはないのだろうか?
「ブラン様、ゼラン様。ビューティー侯爵はブラン様たちの婚約者候補には入らなかったのですか?」
私の問いかけにブランとゼランは顔を見合わせる。
「確かに、そんな話もあったことにはあったがジャネットはビューティー侯爵家の跡継ぎだったし。それに私たちよりも年上で私にとっては頼りになる姉のような存在だな」
「私もブランと同じようにジャネットのことは姉のように思っている。恋愛感情は生まれなかったな」
そうなのか。ブランとゼランに姉のように慕われているビューティー侯爵にも会ってみたいわね。
ブランとゼランの幼い頃の話とか聞けたら面白そうよね。
「ではビューティー侯爵はブラン様とゼラン様の幼い頃を知ってるんですね?」
「まあ、そうだが……あまり私たちの幼い頃の話は聞くなよ」
「え? どうしてですか?」
「いや、過去の私たちは負の遺産というか……」
ブランもゼランも焦った顔をする。
これは絶対ビューティー侯爵にブランたちの幼い頃の話を聞くべきね。
楽しみが増えたわ。
でも本当にブランやゼランはビューティー侯爵のことを一度も好きになったことはないのだろうか。
私の心にもやもやしたモノを感じるがあえて私はそれを無視する。
「とりあえずお聞きしたいことは分かったので私は総務事務省に戻ります。ありがとうございました」
「そうか。また何かあったらいつでもおいで」
「アリサならいつでも歓迎するよ」
私はブランとゼランにお礼を言って総務事務省に戻った。
自分の机に座って今メモしてきたことを資料にまとめていく。
「ジル。次の首席会議の日は決まった?」
「はい。今、最終的な調整に入っています」
「ホット公爵からこの人たちが高位貴族の代表者になるって決まったからこの人たちにも首席会議の日程を教えてあげてちょうだい」
「分かりました。その方々との調整もします」
ジルは私から紙を受け取り自分の席に戻る。
本当にジルが有能で助かるわ。
私は自分の作業に戻った。
次の日。朝、出勤するためにホシツキ宮殿を出ると偶然クリスに出会った。
「クリス。おはよう」
「おはようございます。アリサ」
どことなくクリスは嬉しそうな表情だ。
ん? 何か良いことでもあったのかな?
「クリス。なんか嬉しそうな顔をしてるけど、何か良いことでもあったの?」
「え? そ、そうですか? と、特に何もないですけど」
クリスは慌ててる感じだ。
これは間違いなく何かあったわね。
「クリス。もしかしてデリアと何かあったの?」
「え?、え~と……やっぱりアリサには分かってしまいますか?」
まあね。クリスの最近の出来事で関係してくる人物といえば限られるし。
クリスって意外と顔に出るタイプなのね。
「それでデリアと何があったの?」
「あ、はい。この間の休みにデリアと出かけて思い切って告白したんです」
クリスは顔を赤くしている。
この間の休みって私がイリナを拾った日のことね。
イリナは今もサタンと一緒に私の後ろについて来ている。
「そう。結果はどうだったの?」
まあ、聞かなくても分かるけど。
「はい。私とお付き合いしてくれることになりました」
「良かったじゃない。クリスも恋人ができて良かったわね」
クリスにとってはきっと「初恋」でしょうね。
私にはかつて幼馴染がいた。その人物は隣りの家に住んでいた私より二歳年下の男の子。
幼い頃から活発な女の子だった私はいつもその子と水鉄砲ごっこをしたりして遊んでいた。
それがいつの頃からか異性として感じるようになった。
二歳私の方が年上だったこともありその子のことを意識し始めると逆に一緒に遊べなくなってしまった。
その後、お隣の家族は引っ越しをしてしまったから小学生の時以来その男の子がどうなったか知らない。
今思えば本当の初恋はこの幼馴染だったかもしれない。
元気にしているといいけど‥‥。
それにしても「初恋」はたいがい甘酸っぱい想い出で終わることが多いけどクリスが「初恋」を実らせたなら幸運なことだわ。
ぜひ頑張ってほしいわね。
「クリス様に恋人ができたんですか?」
後ろにいたイリナが会話に入ってくる。
「ええ、そうです。イリナさん」
「良かったですね! 好きな人と結ばれるなんて素敵なことです!」
イリナは瞳を輝かせている。
まあ、イリナは好きでもない相手との結婚が嫌で外国まで家出してきたぐらいだもんね。
「……イリナ……主人の会話に……不用意に入ってはいけない……」
サタンがそう言ってイリナに注意する。
「あ、すみませんでした。姐さん」
「いえ、これぐらいなら別にかまわないわよ。ただ、時と場所を考えてね」
サタンの指摘はもっともなことだ。
護衛は立場上主人の秘密を知ることもあるし、主人と他の人物との会話をすることを聞くこともある。
基本的には何を聞いてもそのことに意見を言ってはいけないし、他言するなどもってのほかだ。
イリナも「護衛騎士」を目指すならそういうことも学ばなければならない。
「分かりました。以後、気を付けます! 姐さん!」
イリナは姿勢を正し私を見る。
「まあ、イリナもこれから頑張ってくれればいいわ。それよりクリス、おめでとう。デリアを大事にしなさいね」
「はい、アリサ。もちろん彼女を大事にします」
クリスは嬉しそうに返事をする。
そして私たちは今日の仕事をするべく総務事務省に向かった。