第168話 成長期の睡眠は大事です
「じゃあ、姐さんはブラント王太子やゼラント王子の『婚約者』ではなくて『婚約者候補』なんですか?」
「そうよ」
私はイリナの問いに紅茶を飲みながら答える。
王都からイリナを連れて帰りブランやゼランとは別れて今はホシツキ宮殿のリビングにイリナと私だけで話している。
イリナは汚れた身体をお風呂に入って綺麗にして今は新しいダイアモンド王国の騎士が着る服を身に着けている。
セーラはイリナが女性だと気づいてドレスを用意したのだが、イリナがそれを断固拒否して「騎士服以外着ない」と言ったので騎士服を用意したのだ。
綺麗になったイリナを見て私はその美しさに驚いた。
出会った時から顔立ちは整っているとは思ったがこれほどの美貌とは。
どこかの令嬢と言ってもおかしくない。
もしかしてイリナはサファイヤ王国の貴族なのかな。
そう思えば親が結婚を勝手に決めたと言ってたことも納得できる。
でも貴族令嬢が「女騎士」を目指すものなのかしら。
いえ、これは偏見ね。貴族だって王族だって自分のなりたい職業ぐらいあるはずだ。
それが実現が難しくても望むこと自体は個人の自由だし。
ハッキリ言えば自分が望んで王族や貴族に生まれたわけではないんだもんね。
それでもブランやゼランは自分の立場を理解して受け入れて国のために自らの命すら道具とする覚悟でいる。
それは並大抵の覚悟ではない。
私は自分が希望して公務員になったけど、自分の職業を選べる自由があったことには感謝ね。
「ブランやゼランからはプロポーズをされているけど返事はまだしてないし。私はあくまで今はこの国の文官よ」
「何でプロポーズの返事しないんですか? だって相手は王太子や王子ですよ」
私はイリナをチラリと見て言う。
「私は結婚は恋愛結婚したいと思っているの。相手が王太子や王子だからって結婚をするとは限らないわ。イリナも決められた結婚が嫌で家を出たんでしょう」
「はい! 確かにそうですね。私も恋愛結婚したいです! でもやっぱり姐さんはカッコいいです!」
「カッコいい?」
「だって、相手の地位に恐れることなく自分の意思を貫くなんてなかなかできませんよ!」
イリナは青い瞳をキラキラさせて私を見る。
う~ん、それは私が元々身分制度があるこの国で育ってないからかもね。
もし子供の頃から王族や貴族には従うモノという教えを受けていたらブランやゼランに望まれた時点で少なくとも婚約はしていた可能性はあるわね。
ブランもゼランも私の気持ちを尊重してくれるから強引に結婚しようとはしないし。
いえ、その考えは甘いわね。
あの二人のことだからどこかに罠を張って私がかかるのを待つぐらいはするかもだわ。
「それと、イリナの部屋は私の寝室の横の部屋に用意したからそこで寝たりすればいいわ」
「分かりました。あ、でもあのサタンさんはいつもどうしてるんですか?サタンさんも姐さんの部屋の近くに自分の部屋があるんですか?」
「サタンの部屋はホシツキ宮殿の端にあるんだけど、基本的にサタンは夜中でも私の部屋の前の廊下で護衛をしてるのよ」
「え? 夜中もですか?」
そうよね。普通の人は驚くわよね。
私はサタンの行動には慣れてきてはいるけど。
「じゃあ、私もサタンさんと同じように姐さんの部屋の前の廊下で護衛します!」
「ダメよ!サタンは特別な人間だからできることなの。イリナは夜はちゃんと寝ないとダメよ」
「え? でも……私は姐さんの護衛ですし」
「護衛だからこそ私の側にいないとでしょ? 隣の部屋だったらすぐにイリナも駆け付けられるから私も安心だわ」
イリナは14歳だからまだ身体は成長期だ。
成長期に十分に睡眠を取るのは基本。
睡眠を取ってたくさん食事しないと身体が壊れてしまう。
サタンは既に大人の身体だし、常人とは違う計り知れない体力の持ち主だから特別だ。
イリナにサタンと同じことをさせてはいけない。
私がもっともな意見を言ったのでイリナは頷いた。
「サタンさんが外を守って私が内を守るんですね!」
「まあ、そんなところね」
「分かりました! ではこれからよろしくお願いします!姐さん!」
う~ん、その「姐さん」ってのがやっぱり気になるけどサファイヤ王国ではそれが普通というなら仕方ないか。
それにしても三大国のこともいずれはきちんと調査しないとね。
私は総務事務省に出勤する。
私の後ろにはサタンとイリナがついてきている。
イリナは今日の朝食も私の2倍は食べていた。
元気なのはいいけどイリナは痩せの大食いなのね。
私は首席総務事務官室に入りクリスやジルたちにイリナを紹介した。
そうしないとイリナが不審者と思われても困る。
そして私が仕事を始めるとイリナもおとなしくサタンと一緒に部屋の隅に立っている。
私はイリナ用に椅子を用意した。
「イリナはここに座ってなさい」
「え? でも」
「主人の命令よ。従えないの?」
私はわざとイリナに命令する。
マジでサタンと同じように護衛したら身体を壊すからさ。
「いえ! 座らせてもらいます!」
イリナは素直に私の言葉に従った。
でも、自分の護衛に主人の方が気を遣うとかあんまり考えられないかもね。
まあ、私は元々が貴族でも何でもない日本のヒラ公務員だからそういうこだわりはないけどさ。
するとジルが話しかけて来た。
「アリサ様。ホット公爵様に渡す『高位貴族の納税』の原案ができましたがホット公爵にお渡ししてもいいでしょうか?」
私は少し考える。
ホット公爵には首席会議に高位貴族の代表を出席させるように要求されている。
その代表者たちが誰なのか気になるわね。
もう決まっているのかな?
「私が直接ホット公爵に原案を持って行って来るわ」
「分かりました」
私はジルから書類を受け取りホット公爵家に向かった。