第164話 移動サーカスを見に行きます
その日の夜、私はブランとゼランと一緒に夕飯を食べていた。
そういえばキャサリンからの誕生日パーティーの招待状ってブランとゼランにも来たのかな。
普通は婚約を解消した相手を自分の誕生日パーティーに呼ぶなんてしないだろうけど、キャサリンはブランを諦めてないもんね。
「ブラン様、ゼラン様。キャサリン様から誕生日パーティーの招待状って貰いましたか?」
「ん? ああ、そういえば来ていたな」
「そうだな。私の所にも来ていたよ」
「お二人は参加されるんですか?」
私の問いにブランが幾分不機嫌そうな顔で答える。
「いや、まだ返事はしてないが適当な理由をつけて断ろうかなと思ってるが。去年は婚約者だったから出席したけど」
「私も断るつもりだよ」
そうよね。ブランやゼランはキャサリンの招待を断っても平気な地位にいるもんね。
「それがどうかしたのかい?」
ゼランが私に聞いて来る。
「いえ、私にも招待状が来て断る理由が無いし、社交も仕事の内なので出席しようと思っていまして」
「別にアリサが出席する必要は無いんじゃないか?」
ゼランは明らかに不機嫌そうだ。
私だって参加したくはないが自分の立場というのもある。
「キャサリン様は王族ですので私の立場ではお断りするのは失礼かと……」
「ふむ」
ブランとゼランは何かを考えている。
「では私は出席することにしよう」
「ああ、私も出席するよ」
え? 二人とも断るつもりだったんじゃないの?
「アリサが出席してアリサに何かされても困るからな」
「そうそう。キャサリンは意外と根に持つタイプだからな」
根に持つタイプって。それが分かっていながら貴方たちは婚約破棄したってことよね。
そのキャサリンに恨まれる私のことも考えなさいよ。
そこで私はふと気づく。
もしかしてキャサリンの狙いはブランとゼランを参加させるためなのかも。
私が出席することになればブランもゼランも出席すると考えたのかもしれないわ。
普通に招待しただけでは二人とも参加するわけないもんね。
私はなんとなくキャサリンの狙いが分かったような気がした。
「まあ、お二人が一緒に出席してくれるならありがたいですけど……」
ブランとゼランがいる所でまさか命は狙って来ないだろうし。
いや、油断は禁物かも。
「それはそうとアリサは明日の休みは予定はあるのかい?」
明日の休み?そういえば明日は役所の休みだったわね。
特に用事はないけど。
「特に用事はないですよ」
「だったら私たちと移動サーカスを見に行かないか?」
「移動サーカスですか?」
ブランの言葉に私は胸が躍る。
日本でサーカスを見に行ったことがあるけどとても楽しかった。
この世界のサーカスもぜひ見てみたい。
まあ、ユニコーンとかいない世界なのは分かってるけどさ。
「数日前から移動サーカスが王都に来たらしいんだ。アリサにも見せてあげようと思ってね。行くかい?」
「はい。ブラン様。ぜひ行ってみたいです」
「それじゃあ。明日は一緒に行こう」
「明日もお忍びですか?」
私は以前の市場に行った時のことを思い出す。
「いいや、お忍びではないよ。馬車で行くし」
「サーカスの方からも正式に招待が来ているからね」
へえ、サーカスの方から招待が来たのか。
まあ、王都で商売するんだから王族に招待状が来てもおかしくないわよね。
「ではそのつもりで準備します」
「ああ、よろしく頼む」
二人が王太子と王子としての立場のお出かけなら一緒について行く私もそれなりのドレスを着る必要がある。
あとでセーラにどのドレスを着て行くか相談しないとね。
そして次の朝。私は早起きしてセーラと選んだ薄い紫色のドレスを着てブランとゼランと王家の紋章の付いた馬車で王宮を出発した。
移動サーカスがある広場まではそんなにかからないらしい。
因みに護衛はサタンを含めて数人しかいない。
私はもっと厳重に護衛を連れて行くのかと思ったが王都内でのことなのでそんなに心配はないとブランから聞いた。
まあ、こちらには伝説の『銀の悪魔』がいるもんね。
やがて馬車はサーカスが行われている広場に着く。
馬車から降りると周囲の人はブランやゼランに気づいて慌てて頭を下げている。
こういう場面を見るとこの二人が本当に王族なのだと感じるわね。
国民は私の前で見せるブランとゼランの残念な姿とか想像できないでしょうねえ。
「これはブラント王太子殿下、ゼラント王子殿下。よくぞいらっしゃいました」
サーカスの団長らしき男性がブランとゼランに話しかけていて二人は団長の相手をしている。
私はサーカスのテントを眺めていたがその時に広場の近くに蹲っている人を見つけた。
あれ? あの人、もしかして体調が悪いのかな?
私はそっとその蹲っている人に近付いた。
ブランやゼランは団長だけでなくサーカスを見に来た他の貴族の相手もしていて私が二人の側を離れたことに気づいていない。
蹲っていたのは髪は赤茶色のまだ14、5歳の少年だ。
少年は目を閉じて動かない。
「ちょっと! 貴方大丈夫?」
私はその少年の体を揺さぶった。
まさか死んでないわよね?