第163話 社交は公務です
昨日は久しぶりにワイン伯爵とウルフに会えて嬉しかったなあ。
でもウルフがサタンに戦いを挑むなんて困った男ね、ウルフも。
私はチラリと壁際で邪魔にならないように立っているサタンを見る。
サタンもウルフが認めるぐらいに強いのね。
まあ、あの『伝説』を聞いたら納得だけど。
何回かサタンの腕前は見てるけど素人の私にはサタンの剣なんて見えないぐらい速いもんね。
私が書類を確認していると一人の侍女がやって来た。
「首席総務事務官様。キャサリン様より招待状をお持ちしました」
「へ? キャサリン様から招待状?」
侍女は私に封筒を渡すと帰ってしまった。
私は封筒を眺める。
キャサリンってあの王族のキャサリンよね?ブランの元婚約者の。
招待状って何かしら。
私は脳裏にキャサリンの顔を浮かべながら恐る恐る封筒を開ける。
まさか、カッターナイフの刃とか仕込んでないわよね。
役所には知事や市長宛に様々な郵便物が届く。
それらは職員が最初に開封するのだがかなり危ないモノもある。
私が先輩に聞いた話では実際に爆発物が届いたり後はヤバい白い粉が届いて事件になったこともあるという。
キャサリンに憎まれているのはよく分かっているので封筒一つでも恐れてしまう。
だが中には綺麗なカードが入っていて文字が書いてある。
え~と。5月5日に誕生日のパーティーを開くのでぜひいらっしゃってください?
これって誕生日パーティーの招待状ってこと?
この場合はキャサリンの誕生日ってことよね?
「ねえ、ジル」
「何でしょうか?」
「キャサリン様からの誕生日の招待状が届いたんだけど、キャサリン様って5月5日生まれなの?」
「はい。確か、そうだったと記憶してますが」
なるほど。やっぱりキャサリンの誕生日パーティーなのね。
でも何で私を誘うのかな。
まさか、食べ物に毒を入れて暗殺しようとか?
いえ、自分の誕生日パーティーで私を殺したら自分が犯人って言ってるようなものよね。
少なくともブランやゼランはキャサリンを疑うだろう。
でも断ることってできるのかな。
仮にもキャサリンは王族だから私より身分は上だし。
断るのは失礼よね。しかもちゃんとした招待状貰ってるし。
私はカレンダーを見る。
あれ、でも5月5日って普通に役所もやってる日じゃない。
この世界にはゴールデンウィークなんてないんだから。
こういう場合に出席するのに有給休暇を取らないとなのかな?
「ジル。キャサリン様が5月5日に誕生日パーティーをするらしいんだけど、これって私が参加するのには有給休暇を取らないとよね?」
正直言ってキャサリンのためなんかに自分の有給休暇を使いたくない。
有給休暇だって無限じゃないんだからさ。
「いえ。そのような正式な招待状がある場合はアリサ様であれば『公務』として参加できます」
「え? ホントに?」
「はい。首席事務官は仕事の中に王族や貴族などとの『社交』も含まれますので「招待状」のあるモノに関しては「公務」対応です」
「へえ。そうなんだ。例えば王妃様とのお茶会とかも?」
「ええ。正式な「招待状」があれば内容がお茶会でも問題ありません」
ふ~ん、この国は身分制度があるからそういう考えになるのかな。
そういえば前に王妃様のお茶会があった日は役所の休日だったけど、その準備に前日の午後に休んでもジルたちは何も言わなかったわね。
単にそういうことには緩い役所なのかと思っていたけど、ちゃんと理由があったのね。
以前の王妃様のお茶会の時は出席することはブランたちが王妃様に伝えてくれたけど、後からちゃんと招待状が来ていたことを思い出した。
「じゃあ、私がキャサリン様の誕生日パーティーに出席しても問題ないわけね?」
「はい。むしろ首席事務官はいろんな人たちとの交流が仕事にも繋がるので『社交』は大切な公務ですよ」
ジルの言葉に私は少し考える。
休んでも問題ないなら逆に重大な仕事の用事でも無ければ私にキャサリンの招待を断る理由が無い。
むしろ、「仕事なんで行けません」って言いたいぐらいだけど。
確かにクラシック公爵やホット公爵と話してみて人脈の大切さは理解している。
日本で公務員だった時も人脈が広ければ広いほど自分の仕事に役立つことは多い。
公務員は基本的に同じ係に何年もいる者はいない。
みんな異動して行くのだが同じ職場になった時に知人になっておけばその人がどこかの部署に異動した後も何かの仕事でその人から情報を聞けることがあるからだ。
仕方ない。毒殺されない程度に気を付けて参加するか。
私は溜息交じりに招待状を机の中に入れた。